第9話

 船舶貿易で成功した彼は船を使い、航海一路武唐へと向かった。世界は海で繋がっているので彼は無事に故郷の漁村に辿り着く事ができた。


「貴方方はいったいどこからいらっしゃったのですか?」


 彼の弟は尋ねた。


「武唐の国です。あと、私は貴方の兄です」


「ええっ!もう、とっくの昔に死んだと思っていましたよ!!」


 そこに地元の役人がやって来た。


「お、お前達は何者だ?!!」


「武唐の地元民です。今から皇帝に会いに行きます。邪魔するなら貴方を踏み潰しますが宜しいでしょうか?」


 役人は大人しく引き下がった。

 怪物が近づいて来るという話で武唐の大都は大騒ぎであった。

 それは実際怪物ではなかったが、並の兵士では踏み潰されて終わりであったし、並ではない英傑ならば「戦う必要などないのでは?」そのように気づけるはずであった。

 大都の皇帝は老齢であったが、その分経験をによる間知があった。なにより寿命が近い分、命は惜しくないので蛮勇的な行動もできた。そこで大都に近づく化け物を前に逃げ出したりせず、自らの目で確かめようとした。

 それは灰色の皮をしており、巨大な耳を動かし、丸太のような足をしていた。庶民が住む家一軒ほどの大きさで、恐ろしく長い鼻を持っていた。


「皇帝陛下にこの象を貢物として献上致します」


 象に乗っている男は言った。


「なんと!その怪物を儂にやると申すか?!」


「ええ」


「しかしそんな化け物貰っても。やはり人間を食べるのであろう?」


「いえ。人間なんて食べませんよ。餌は野菜や果物をあげればいいんです」


「なんと!そのような図体で野菜や果物でいいとなっ!これは驚いたっ!!」


 皇帝は青年の贈り物を受け取った。各地からの領主、諸侯を象の背に乗って出迎えるのはまさに天から見下ろす眺めであり、実に気持ちが良い物であった。象の餌には荷車一台分の作物を与える必要があったが、象は皇帝の命じた通りに橋をかけ、田を耕し、国を豊かにした。

 だいぶ後の話になるが、皇帝が八十八で亡くなった。亡くなった時もお気に入りの象の上であった。武唐では皇帝が死んだとき宮女や妃が殉死させるのが常であったが、皇帝が事前に「儂の供はこの象だけでよい」と遺言していたため、共に墓に埋められたのは老いた象だけであった。


「お主は良い送り物をしてくれた。何か褒美をやろうと思う。何がよいか?」


「褒美なぞとんでもない。私は貴方の国の民として身も心も捧げる次第でございます」


「はっはっはっ。儂はお主の体なんぞ求めておらぬし人間の肉を食うような蛮族でもないわ」


 皇帝は大変愉快そうに笑った。


「そうだな。儂のところに各地の諸侯や諸外国より貢物として送られた娘が沢山いる。余っておるので一人やろう」


 皇帝は高齢であったものの妃は主だったもので25人。子供は男女併せて72人いた。属国から貢物として送られてきたり、敵対して国から友好の証として送られてきたりするので結婚しないと「じゃあ戦争するんですか?」相手側に思われかねず、やむを得ずこの人数となった。

 ところで皇帝の好物は御種人蔘。スッポン鍋。女王蜂になる蜂の子と蜜。そしてマムシ酒であった。普段雑穀や玄米を主に食する皇帝としては少々豪華な鉱物と言えなくもない。

 それらと子沢山だったことはおそらく無関係であろう。

 妃の顔も最初に結婚した五人くらいまでしかよく覚えていなかった。そのうち一人から扇を受け取ると放り投げた。扇はある娘の足元に転がった。広い宮殿であまり見かけない娘であった。まぁ。あまり親しくない者であろう。


「そのものを褒美として授ける。受け取るがよい」


 皇帝は言った。


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