火葬(短編)

@Zigen_Zigen

訃報

 祖父の訃報を聞いたとき私は井の頭公園で玲奈とベンチに座っていた。

 電話で聞いた父の声はとても悲哀に満ち溢れていて、聞くに堪えないというのが正直な気持ちだったが、私も負けず劣らず残念そうな声で応答した。ただ玲奈に祖父が死んだことを悟られないように「うん」「なるほど」「わかった」の三つの言葉で会話をした。

 父の「明日実家に帰ってこい」という言葉にたっぷりと間をおいて「うん」と返し電話を切った後、目の前に浮かぶ井の頭池を眺めた。今は夜の11時頃で暗い湖面には電灯の反射が抽象的に浮かんで揺れている。

 私は会社への忌引き休暇の相談や明日の九州への新幹線のチケットなどを考えて煩わしい気分になったが、隣にいる玲奈の顔を見て考えるのをやめた。玲奈は口を閉じて不思議そうな顔でこちらを見つめている。

「おじいちゃんの体調が芳しくないって」

 私は特になんでもないような調子で言った。

「そうなの?大丈夫?」

「もう80歳超えてる人だから寿命だよ」

「それでも心配でしょう」

 もう亡くなってしまったのだから心配も何もないと思った。そして例えば、今まさに危篤の真っ最中だったとしても何も思わないだろうなと思った。人間が死に関わる際は悲しそうな対応をしなければならないというルールがあるから、悲しそうな表情をしているだけだ。祖父の顔を思い浮かべてみたが、本当にそれが祖父の顔か自信が持てなかった。

「玲奈はおじいちゃんとおばあちゃんってまだご存命?」

「おじいちゃんが2年前になくなったかな」

「おじいちゃんの思い出とかある?」

 私は自分があまりにも祖父に対して思いれがないような気がして、それはほかの人にも共通していることなのか知りたかった。玲奈はまっすぐ私の目を見つめたまま少し考えこんで口を開いた。

「私は別におじいちゃん子でもないんだけど、まだ私が小学5年生くらいの時ディズニーランドに家族とおじいちゃんと一緒にいったの。」

「ディズニーランドとおじいちゃん?あんまり見ない組み合わせのような」

「そうね。でもおじいちゃんも60代の後半とかだったし、これから体も動かなくなってくるからということで、最初で最後の親族旅行という感じだった気がする。あんまり覚えてはいないんだけど、その時は私がディズニーランドに行きたがっていたから、ディズニーランドに行くことになったみたい。」

 玲奈はいつの間にか手に持っていた飲みかけの紅茶をベンチの隅に置いて、池を見つめていた。公園に浮かぶ深緑の木々が影になって玲奈の表情まではよくわからない。

「私ね。おじいちゃんとディズニーランドと居る時、すごく嫌だったの。」

「どうしてか聞いていい?」

「だってディズニーランドだもん。なんか、私もちょっとませ始めた頃だったから、すごくお洒落な服を着たカップルとかに目が行っていたし、自分と同じくらいの年齢の子でも友達同士で楽しそうに歩いていたりしたから、自分の隣にいるのがおじいちゃんというのがすごく恥ずかしかった。」

 傍から見るとカップルだとも思われないような程、玲奈の視線は暗い湖面に吸い込まれていた。

「私ね。おじいちゃんが無くなってから、結構このことを思い出すの。」

「後悔してるの?」

「いや、後悔ってほどじゃないよ。でも月に1回くらい、腑とした瞬間に思い出す。あと、もし生きていたら例えば自分の結婚式とかでおじいちゃんとの思い出をいい場面に上書きできたのかなって考えたりする。自分からおじいちゃんに会いたいと一度も言い出したことないような人間なのに、死んでからなぜかそんなことを考えたりする。」

 私は死はそこまで人の心に爪痕を残すものなのかと面食らった。そして、祖父の死を自分が本当に何も思っていないことが人でなしのように思えた。私は正直に言うと今日は玲奈を自分の家に招こうと思っていたが、それはおそらく馬鹿げた考えなのだろうと思った。

 


続く


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