EXTRA4 文化祭準備をするカップルその3

「お、和泉。ちょうどいいところに」


 空き教室で一人ちまちまと文化祭の準備をしていると、クラスメイトの生瀬が何やら大荷物を抱えながら俺に声をかけてきた。


「なんだ。何か仕事か?」


 訊ねると、生瀬は少し申し訳なさそうに手に持った荷物を見せてくる。

 かぼちゃのかぶり物に黒いマント、それとかぼちゃ色の衣装か……コスプレセットだな。


「ああ。文化祭用のコスプレとして、ジャックオランタンのかぶり物をやるのは知ってるだろ? そのMサイズの試着を頼まれたんだけど……ちょっと他でトラブルが起きて、すぐに出なきゃいけなくなったんだ」


「なるほど。それで、俺に代理をやってほしいと?」


「そういうこと。頼んでいいか?」


 俺と生瀬の身長はほぼ同じ。確かに代理としてはちょうどいいだろう。


「まあ、構わないけど」


 そんなにたいした仕事じゃないだろうし、断るほどの理由はない。


「さんきゅ、和泉。すぐに裁縫担当の女子が来るから、これを着て待っててくれ!」


 生瀬はそう言うと、俺にコスプレセットを手渡して去っていった。


「ふむ……」


 言われたとおり、俺はかぼちゃ色の衣装を着ると、カーテンのような黒い布を羽織り、ヘルメットよりも大きいかぼちゃのかぶり物をした。


「む……腰回りは狭いのに二の腕はだいぶ布が余ってるな」


 微妙にちぐはぐのサイズ感。完全に素人の仕事だ。

 ま、だからこそこうして試着の仕事をするんだろうけど。


 そうして待っていると、生瀬と約束したらしい女子二人組がやってきた。


「お待たせ、啓吾」


 片方は、生瀬と仲が良い女子である小谷亜妃。

 そして、もう一人。


「じゃ、すぐに始めるからね」


 そう言って仮止め用のクリップを取り出したのは、結朱だった。


 ここでこいつが来るとは思わなかったが、クラスの作業なんだからまあこういうこともあるだろう。


「はい、じゃあすぐ終わるから大人しくしてて。啓吾」


 そう言って、裾や袖の長さを測ってくる小谷。


 完全に生瀬と勘違いされているが、あえて訂正はしない。


 いちいち事情を説明するのが面倒だし、そこで時間を取られるより、とっとと作業を終わらせたほうがいいという、コミュ力をドブに捨てた人間特有の合理性である。


 ――だが、それが悪いほうに出た。


「ねえ結朱。最近、和泉とはどうなの?」


「な、なに、急に」


 小谷が、唐突に俺の話題を振り始めたのだ。


 結朱もちょっと動揺している。


「んー、特に理由はないけど。この間、女バスの子と遊んだ時、その子が和泉と同じ中学だって言っててさ。女子で和泉の知り合いって子を初めて見たから、ちょっと気になって」


 その女子が誰なのかは明確に分かったが……とりあえず今は置いておくとして。


「まあ、うまくいってるよ。うん」


 と言いつつ、微妙に声が上擦る結朱。

 それを見て怪しいと思ったのか、小谷は探るような目で結朱を見た。


「本当に?」


「も、もちろんだよ! 大和君とは超うまくいってるし! ちゃんと優しくしてもらってるし、一緒にいる時間もいっぱい作ってるから」


 なんか惚気が始まったんだけど! 本人がここにいるのに!


 とはいえ、こうなっては今更言い出せない。俺は女子二人の注目を集めないよう、息を潜めて気配を消すことしかできなかった。


「へえ、普段の和泉ってどんな感じなの?」


「基本的に、めっちゃゲームをやってる」


「……結朱と二人きりなのに、結朱そっちのけでゲームやってるの?」


 小谷は、めちゃくちゃ疑わしげな目を結朱に向けてきた。


 いかん、このままでは偽物カップルであることがバレてしまう。


「そ、それだけじゃないよ! 私のこと、超好きだし。二人でできるゲームをやったり、たまに抱きついてきたり……あと、なんかこう、いい雰囲気になったり? 大事にされてるなあって思う瞬間とかもあるし。だから普段そっけなくても許しちゃうというか」


 普段のハイテンションはどこへやら、はにかむように語る結朱。


「………………っ!」


 あー! あー! マジで耳塞ぎてえ!

 めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど! こんなの本人の前で言うんじゃねえ!


 心の中で悶える俺とは対照的に、小谷はうんざりしたように肩を竦めた。


「うっわ、すっごい惚気。口から砂糖吐きそう」


「亜妃が言わせたんじゃん!」


 結朱も拗ねたように反論する。


 が、小谷はどこ吹く風といった様子で受け流し、さらりと俺の採寸を終えると立ち上がった。


「はいはい。それより、結構サイズ感がおかしいところあるから、本格的に直さないといけないかも。ちょっと裁縫道具取ってくるわ」


「うぅ……言うだけ言って」


 颯爽と教室の出口へと向かう友人の後ろ姿に、恨みがましい視線を送る結朱。

 そんな彼女に、小谷はどこかからかうような笑みを見せた。


「ごめんって。それより、ちょっと作業長引きそうだから、愛しの彼氏に連絡でも入れといたら?」


「さっさと行って!」


 置き土産を残す小谷を、今度こそ結朱は追い払った。


「まったくもう……亜妃ったら」


 深々と溜め息を吐くと、結朱はこっちを見た。


「あ、さっきから黙ってるけど、啓吾もこの事は内緒だよ? 間違っても大和君に言っちゃだめだからね。恥ずかしいし」


 すみません、めっちゃ聞いてます。

 と思ったものの、正体を明かすわけにもいかず、こくこくと頷いた。


 それを見て、結朱は満足そうに笑う。


「なら良し。そうだ、亜妃が言ってた通り、大和君に連絡しなきゃ」


 ぽつりと呟くと結朱はスマホを取り出した……って、まずい!?


「待っ――!」


 咄嗟に手を伸ばす俺だったが、それよりも結朱の指が画面をタップするほうが速かった。


 次の瞬間、俺のポケットから軽快な電子音が思いっきり響き始める。


「え……?」


 結朱はキョトンとした表情で俺を見て、次に自分のスマホ画面を見て、もう一度ゆっくり俺を見た。


 最初は状況がよく理解できずに混乱していた様子の結朱だったが、やがてこの状況が示すものが理解できてきたのか、徐々に顔が赤くなっていく。


「まさか……大和君?」


「イイエ、ワタシ、ナマセ、デス」


「まさかとは思うけどそれ啓吾の真似!? 似てないっていうか片言なんだけど!」


 一%くらいの確率で誤魔化せるかと思ったが、案の定バレた。


「ねえ聞いてたの!? 聞いてたでしょ!?」


 真っ赤になりながら俺の胸ぐらを掴んで揺する結朱。


「何も聞いてねえよ! ていうか『私のこと、超好きだし』ってなんだ!」


「やっぱり聞いてんじゃん! 一瞬で矛盾させるのやめてくれるかな!」


 言い争いながらも、恥ずかしくてお互いの顔を見られない俺たちであった。




 教訓。覆面をしていても、自分が誰なのかはちゃんと名乗りましょう。

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