EXTRA3 文芸部室を封鎖されたカップル
文化祭まで残り一カ月を切った。
この頃は準備のために放課後に生徒が残ることも多く、どこへ行っても人の気配がある。
それが何を示すかというと――
「文芸部室になかなか行けないね」
廊下の片隅で、結朱が深々と息を吐いた。
彼女の言葉に、俺も頷く。
「そうだな。部室棟の周りもずっと人がいるし、うまく入れたとしてもずっと人の気配に怯えなきゃいけないのはきついな」
特に、俺のストレスは強い。
最近色々あった末にずっと欲しかったゲーム、ロボバスを手に入れたのだが、我が家にはそれをプレイできるハードがなく、ゲームを遊ぶためにはわざわざ文芸部室まで足を運ばなければならないのだ。
「うーん……リスクが高いし、しばらく文芸部室に寄るのはやめようか」
結朱もさすがに現状が厳しいと判断したようで、そう提案してくる。
俺としても反対することはない……が、それならそれで一つ条件が欲しい。
「なら、ロボバスをプレイするためのゲーム機を、俺の家で持ち帰らせてくれないか?」
それならば、文芸部室に行かなくてもストレスは少ない。
「それは……どうかなあ」
が、結朱は俺の申し出に難色を示した。
「あの部室のものは私たちのものじゃないし、勝手にものを持ち帰るのはちょっとね」
確かに、それは一理あるな。
とはいえ、この数日ロボバスをお預けされている俺としては、もう少し食い下がりたい。
「期間を決めた一時的なレンタルでも駄目かね?」
そう妥協してみるが、結朱は首を横に振った。
「駄目だね。これは先輩たちから継いだ遺産だし。私たちには、これをなるべく完全な形で後輩たちに伝承する責務があるんだよ」
「そんな責務があるとは初耳だな……いや、利用してる俺たちが言うのもなんだが、これ負の遺産だぞ」
文芸部室の私物化にゲームの持ち込み。明らかにここで断つべき悪しき習慣だ。
とはいえ、俺たちのものではないのも事実なため、これ以上の無理強いは気が引ける。
「しゃあない……自分でハード買い直すか」
深々と溜め息を吐いて、最後の手段を使うことにした。
だが、
「そ、それもだめだよ!」
何故か結朱がそこまで反対してきた。
「いやいやいや、なんの反対だよそれ。俺の個人的な買い物だぞ」
意味の分からない反対に首を傾げると、結朱も筋が通ってないと思ったのか露骨に目を逸らした。
「そ、そうだけど……ほら、少し待てば部室でできるのに、無駄な出費じゃん?」
「俺は趣味にかける金を無駄だと思ったことはない。それにハードがあれば他のレトロゲーもできるようになるしな」
なんなら、これを機に過去の名作を発掘するのもいいかもしれない。
「でもほら、そんなお金を使うなら彼女にお金を掛けるっていうのも手じゃない!? デートを豪華にしてみたり!」
「残念だが結朱、たとえここでハードを買わなかったとしても、その金は他のゲームに回るんだ。お前のために金を使おうって思うようになるのは、この世から全てのゲームが消えた時だ」
「私の優先順位低すぎない!?」
俺としてはだいぶ譲歩したつもりだったが、贅沢な奴め。
「というかそもそも、ロボバスはコレクション要素も多いし、結朱が苦手な作業ゲーだろ? だから家でやったほうがいいかもとは元々思ってたんだ」
結朱はレベル上げやお金稼ぎといった作業要素があまり得意ではないのだ。それもあって、二人でやるゲームじゃないなと判断したわけだが。
「そんなことないよ。私といえばコレクションみたいなところあるでしょ」
だが、結朱は何故かそんな無理のある主張をしてくる。
「お前が何をコレクションしてるんだよ……強いて言うなら、自画自賛の台詞とマグカップくらいだろ」
「他にもコレクションくらいあるし……」
自分でも苦しいと分かっているのか、目を逸らしながらの反論である。
「ほう、たとえば?」
俺が更に踏み込んで訊ねると、結朱はしばらく悩んだ後、絞り出すように口を開く。
「だ、駄目男とか?」
「そのコレクション、今のところ俺一人だけだろ……って、いや誰が駄目男だよ」
非常に不本意なラベリングをされていた。
「決めた。絶対に買う」
こうなっては半ば意地である。
俺が断固たる意思で購入宣言をすると、結朱は途端に弱ったような表情をした。
「う……ど、どうしても?」
「どうしても。ていうか、なんでそんなに俺がゲーム機を買うことを阻止したいんだよ」
根本的な疑問をぶつけると、結朱は目を逸らした。
「そ、それは……」
「それは?」
逃げることを許さずにじっと結朱を見ると、彼女は観念したように呟く。
「……大和君一人でやるゲームができたら、私と一緒にいる時間を減らされちゃうと思って」
「そ、そうか」
思わぬ返答に、ちょっと動揺してしまう俺である。
その、なんていうか、予想外に可愛い答えが返ってきて、どう反応したらいいのか分からない感じ。
「………………」
「………………」
「………………」
「……な、なんか言ってよ」
しばし無言が続いた後、結朱が耐えかねたように目を合わせてくる。
が、今度は俺のほうが気恥ずかしくなって目を逸らしてしまった。
「いやー、なんていうか、うん。じゃあ、代わりに文芸部室だけでしかやらないゲームを用意しよう。もっと二人で楽しめるやつ。それなら問題ないだろ?」
どこかふわふわした気分のまま、俺は話を進めることに。
「いいけど……またそれも家に持って帰るとか言わないでよ?」
「言わないって」
釘を刺してくる結朱に、俺は苦笑で頷く。
すると、結朱は小指を立てて差し出してきた。
「じゃあ指切りしよ」
「いいけど」
俺も自分の小指を差し出し、結朱の小指と絡ませる。
「指切りげんまん。嘘吐いたら全校生徒の前で私に愛の告白をする!」
「微妙に罰重くね!?」
「指切ーー」
「切れない切れない! この罰則じゃちょっと!」
「――った!」
拒否する俺を無視して、結朱が一方的に約束を締結してしまった。
「ふっふっふ。というわけで、破ったら愛の告白だからね、大和君」
「なんて重い刑罰なんだ……」
思わぬ結果に、がっくりと俯く俺である。
「どこが重いのさ。素直な気持ちを口にするだけでいいなんて、罰とも呼べないくらいだよ? 大和君が抱えている愛情をそのまま言えばいいだけです」
どこか得意げな結朱。
ちょっと腹が立った俺は、彼女をからかってやることにした。
「にしても、こんな罰まで作って引き留めたいとか、よっぽど俺と一緒にいたいらしいな?」
「うん、もちろん」
笑顔でさらりと認められてしまい、俺は言葉に詰まった。
「逆に聞くけど、大和君は私と一緒にいたくないの?」
それどころか、逆にカウンターを決められた。
「お前、よく恥ずかしげもなく……」
羞恥にたどたどしくなりながら言葉をひねり出すと、結朱もちょっと赤くなりながら答えた。
「だって、ついさっきもっと恥ずかしいこと言わされたし。あれを超えた私には怖いものなどないよ! 完璧で可愛い結朱ちゃんがまた一つ成長してしまったね!」
駄目だ、手が付けられないくらい進化してしまった。
「恐ろしい女だな……」
「褒め言葉として受け取っておくよ。ほらほら、それよりさっきの質問の答えを聞きたいなー?」
「ノーコメントだ」
勝ち目がないと悟った俺は、ここで逃げの一手を打った。三十六計逃げるに如かずというやつである。
「えー、ずるい」
当然、結朱は追及の手を緩めないが、今のところ俺が答える義務はない。
だってほら、俺がその答えを口にするのは、約束を破った時だと決まってますし?
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