EXTRA2 文化祭の準備をするカップルその2


「じゃあ大和君。あの店に行こうか」


 放課後の繁華街。


 普段なら文芸部室でゲームをやっている時間帯だが、今日は珍しく街に繰り出していた。


 それもこれも、文化祭で行う出し物の取材をするためである。


「了解。見るからにハロウィン感出てるなあ」


 まだ本番一カ月前だというのに、店の外装は既にハロウィン仕様になっている。


 秋というのは、そんなに他に推したいイベントがないものなのか。


「いらっしゃいませー」


 店に入ると、魔女風の帽子を被った長い髪の女性店員さんに迎え入れられた。


 案内されるまま席に座り、俺たちはメニューを開く。


「おー、色々あるね。目移りしちゃいそう」


 結朱が悩むように呻いた。


 とはいえ、その表情はどこか幸せそうである。


「とりあえず資料用に写真撮らなきゃいけないし、ハロウィンメニューは一通り頼んでみないか?」


 俺の提案に、結朱も頷く。


「そうだね。あ、すみませーん。ここって料理の写真撮影OKですか?」


「大丈夫ですよー」


 許可を取った俺たちは、一通りのハロウィンメニューを頼む。


「これが全部経費なんてね。さすが私。大和君も感謝して?」


「そうだな。さすが結朱ちゃん、ハイエナのように目鼻が効く」


「褒められてる気がしないんだけど!」


 雑談をしながら待っていると、頼んだメニューがやってきた。

 俺が頼んだのはおばけ型のパンケーキ、結朱はかぼちゃのパフェ。


「わ、美味しそう……っと、そうだ。写真写真」


 結朱は食べる前にスマホを取り出し、ハロウィン仕様の品々をカメラに収めていく。


「よし、こんな感じかな。じゃ、いただきまーす」


「いただきます」


 結朱が写真を撮り終えるのを見計らって、俺たちはお菓子を食べる。


 俺が頼んだのはパンケーキの上に、たっぷりの生クリームとチョコレートを使ってお化けの絵を描いたパンケーキだ。


 ナイフとフォークで切り分け、一口頬張る。


「む……うまい」


 ふわふわの生地の食感に濃厚な生クリームのコクが加わり、それをビターなチョコが引き締めている。


 見た目だけの品かと思ったが、普通に美味しかった。


「あ、いい。美味しい。この店、当たりだわ」


 パフェのほうも満足がいく質だったのか、結朱は食べながらこくこくと頷いていた。


「いいね、この店。今度、普通にデートで来ようか」


「それもいいかもな」


 結朱の意見に珍しく同意する俺である。

 と、彼女は何を思ったのか、自分のパフェをスプーンで掬うと、俺のほうに差し出してきた。


「はい、大和君。あーん」


「……なんだよ、こんな人前で」


 学校ならいざ知らず、こんな誰も知り合いがいないところでカップルアピールしても恥ずかしいだけである。


「いや、一口交換しようと思って」


「それは別にいいけど、だったら普通に自分で取って食べるわ」


「駄目。はい、あーん」


 どうしても譲らないのか、結朱は差し出したスプーンを引っ込めない。


 ……まあ、知り合いがいないっていうのは、逆にそこまで恥じらわなくてもいいってことでもあるか。


「しょうがないな……あむ」


 俺は結朱の差し出したスプーンでパフェを食べる。


 こちらも美味しい逸品だったが、恥ずかしさでいまいち味が分からなかった。


「じゃ、今度は大和君が私に食べさせてくれる番だよ。ほらほら、可愛い結朱ちゃんに食べさせるチャンス」


「はいはい。ほら」


 俺はパンケーキを一口切り分け、結朱の口元に差し出す。


「わーい。はむっ」


 と、結朱はまるで抵抗することなく食べる。


「うん。私たちの関係くらい甘くて美味しいね」


「だとしたら甘さ控え目だな」


「あ、間違えた。大和君の私への気持ちくらい甘くて美味しいね」


「だとしても甘さ控え目だな」


 まるで事実とは異なる食レポである。


「他にも何か頼んだほうがいいかな……お?」


 と、メニューを見ていた結朱が何かに気付いたような声を上げた。


「どうした?」


 訊ねると、彼女はメニュー表をこちらに見せてきて、そこに書いてある文字を指差した。


「これ。カップル限定コースっていうのがあるみたい」


「本当だ」


 『ハロウィン期間限定イベント! 参加費五百円。カップルの運命を試すゲームに成功したら、お店から豪華お菓子の詰め合わせをプレゼント』


 メニュー表にはそう書いてある。


「ハロウィン限定イベントか……これをやるのも仕事のうちなのかね?」


「そうだと思うよ。ま、それ抜きでも楽しそうだしね。やってみようよ」


 まあ、仕事という大義名分があるのなら、俺としても参加はやぶさかではない。

 俺たちは店員を呼び、参加の意思を伝える。


「ありがとうございます。では、少々お待ちください」


 店員さんが端末に何かを入力する。


「お待たせしましたー」


 すると、茶髪でボブカットの女性店員が奥から現れた。


 その手には、何故かジャックオランタンをモデルにしたらしいかぼちゃ頭が抱えられている。


「じゃあ、彼氏さん。これをどうぞ」


 茶髪の店員さんがかぼちゃ頭を俺に渡してくる。

 試しに被ってみると、視界が真っ暗に閉ざされた。


「これ、何も見えないですけど」


 かぼちゃ頭を脱いで訊ねると、店員さんはにこりと笑って頷いた。


「はい。今から彼氏さんにはそれを被った状態で、私たち二人の店員、それに彼女さんと順番に手を繋いでもらいます。で、何番目に手を繋いだのが彼女さんだったのかを当ててもらうというゲームです」


 説明を聞いた結朱は、納得したように頷いた。


「なるほど。見えない状態なら完全に三分の一ですね。運命を試すゲームっていうのはそういうことですか」


「そうなりますね。ま、運試しみたいなものだと思って気楽にご参加ください」


 店員さんがそう注釈を付けるも、結朱はどこか張り切った様子だった。


「私たちの運命力が試される場面だね、大和君。もちろん私と大和君は運命で結ばれているカップルだと信じてるからね」


「運ゲーに対してプレッシャーをかけてくるな」


 というか、そもそも偽物カップルだろ。なんの運命もねえよ。


「あ、ちなみにですが、運命で結ばれたカップルと認定されたお二方は、ハロウィン期間が終わるまで店内のボードに写真を飾ることができます」


 茶髪の店員さんが手で指し示した先を見ると、何組かのカップルが飾られているのが見えた。


 おおう……途端に当てたくなくなってきたぞ。


 本物のカップルなら嬉しいのかもしれないが、俺としてはこんなところで晒し上げを食らうのはごめんだ。


「いいなあ、これ。大和君、頑張ってね!」


 が、何故か結朱はまだ乗り気である。


 まあ、どうせ三分の一なんだから頑張るも何もないけど。


「はあ……やるか」


 俺は潔くかぼちゃ頭を被り、視界を閉ざした。


「では一人目が行きますよー」


 店員の声が聞こえたと思うと、俺が差し出した手に誰かの手が重なった。

 うーん……まるで分からない。


「じゃあ、次です」


 同じ店員の声が聞こえてきたと思うと、一人目の手が離れ、二人目の手が繋がれる。

 さっきとは違う感触だが、結朱のもののような……そうでないような。


「最後の一人です」


 俺が悩む間にも手が解かれ、最後の一人が手を繋いでくる。


 やはり分からない。やっぱり暗闇の中で手を繋いでも完全ランダムになってしまうな。

 そう思い、俺が手を離そうとした時だった。


 三人目の手が、名残惜しむようにきゅっと一瞬だけ力を入れてから離れた。


 ――あ、これだ。


 手を離そうとする時、結朱がたまにやる仕草。

 それを意識的かは分からないが、ここで出していた。


「ではヘルメットを取ってください」


 店員さんの指示に従い、俺はかぼちゃ頭を取る。

 結朱め、失策だったな。こうして正解が分かってしまった以上、俺は確実に外せる。


「じゃあ、彼女さんの手は何番目でしたか?」


「結朱の手は――」


 長い髪の店員の問いかけに答えようとした時だった。


 茶髪の店員が、何かを思い出したようにぽんと手を打つ。


「あ、そうだ。伝えるの忘れてました。このゲームに成功したカップルには、来年もまた仲の良いカップルとしてこの店に来られるというジンクスがあるので、頑張ってください」


 なんだその商魂たくましいジンクスは。営利目的で生み出された匂いがぷんぷんするぞ。


「え、素敵。絶対当ててね、大和君」


 が、結朱はそんな営利主義は気にならないのか、目を輝かせた。


「あのなあ……」


 だから、期間限定の偽物カップルだっつうんだよ。


「………………」


 自分で考えたことに、なんとなく自分で引っかかってしまった。

 期間限定、か。


「では改めて――彼女さんの手は何番目でしたか?」


 店員が、再び訊ねてくる。

 それに対して、俺は一つ溜め息を吐いて答えた。


「……三番目」


 俺の回答に、店員二人が拍手をする。


「正解!」

「お見事、運命で結ばれたカップルですね。ではトリックオアトリート用お菓子セットをプレゼントします!」


 そんな祝福の中、結朱も満足げに頷く。


「うんうん。信じてたよ、大和君。やはり私たちは運命の糸で結ばれてしまっていたか」


「ただの運ゲーだろ。じゃんけんで勝ったのと同じようなもんだ」


 なんとなく恥ずかしい俺は、思わず結朱から顔を逸らしてしまうのだった。






 ――そんなカップルが退店した後。

 茶髪の女性店員は、じっと自分の手を見ていた。


「どうしたの?」


 その様子をどう思ったのか、カップルのいたテーブルを片付けていた長い髪の店員が声を掛けてくる。


「いや、さっきゲームに挑戦したカップルがいたじゃん。あの彼氏、多分三分の一じゃなく、ちゃんと分かってて当ててたよ」


「え、本当?」


 きょとんとした様子で目を見開く同僚。

 それに対し、茶髪の店員は再び頷いた。


「多分ね。全く悩んでなかったし。いやー、普通分からないよね。今までのカップルであんな確信持って答えた人はいなかったし」


「へー、あれだけで分かるって、よっぽど彼女のことが好きなんだね」


 同僚の言葉に、茶髪の店員は肩を竦めた。


「ほんと、羨ましい限り」


 ボードに貼られた写真には、満面の笑みを浮かべた彼女と、少し照れ臭そうな彼氏が写っていた。

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