EXTRA1 文化祭の準備をするカップルその1

「えー。投票の結果、文化祭の出し物は喫茶店に決まりました。はい拍手!」


 午後のHR。


 教壇の前に立った文化祭実行委員の生瀬が、多数決の結果を発表する。


 来月末に文化祭を控えた今、うちのクラスで何の出し物をやるのか、それを決めているのだ。


「あと、これは文化祭実行委員からのお達しなんだけど、今年は学校全体でハロウィンをテーマにやることになったらしい。だから、喫茶店の内装もハロウィンベースで作ることになると思う」


「それだと資料がいるんじゃない? 誰か内装資料集める係作ったほうがよくない?」


 生瀬の言葉に、小谷が提案を加える。


「そうだな。それに内装だけじゃなくハロウィンっぽいメニューの資料も欲しいところだ。というわけで、誰か取材に行ってくれるって人いるか?」


 生瀬が候補者を募集する。


 締め切りも短そうだし、面倒事だな。悪いが俺は関わりたくない。


 そう思って沈黙をしていると、よく知る女が手を上げた。


「はーい! 私と大和君がやります!」


 しかも、俺を巻き込んで。


 驚きと共に顔を上げると、手を上げたままの結朱と目が合った。


 すげえ満面の笑みでこっちを見てやがる。まるで断られることなど予想していないかのように。


「おお、そうか。和泉もそれでいいか?」


 生瀬が期待するようにこっちを見てくる。


 正直、絶対断りたい……が、ここで断ってしまえば、俺と結朱の不仲を疑う奴が出るかもしれない。


 この偽物カップルの仕事を考えると、それはよろしくないだろう。


「ま、結朱がやりたいっていうなら異論はないよ」


 溜め息一つ混ぜて、わざと作った惚気を返す。


「了解。うらやましいね、まったく。じゃあ次はー―」


 生瀬も苦笑とともに頷いて、他の係を決め始めた。






「おい、どういうつもりだ」


 放課後。


 人気のない廊下の一角に来たところで、俺は隣の結朱に問い質した。


「どういうつもりって、何が?」


 じとっとした目で糾弾するが、結朱は悪びれる様子もなく小首を傾げた。


「何がじゃねえよ。面倒な仕事引き受けて」


 俺の言葉に、しかし結朱は不敵に笑ってみせた。


「ああ、それ。ふっふっふ、分かってないね大和君。私たちはこれから喫茶店の内装を決めるため、様々なハロウィンイベントを取材したり、喫茶店に入ったりしなきゃいけないんだよ。これがどういう意味か分かる?」


「ゲームをやる時間が減る」


「そうじゃないでしょ! 私たちはこれから、経費を使ってデートができるってことだよ!」


 ビシッと俺を指差してくる結朱。


 その強かさに、ちょっと呆れてしまった。


「公私混同も甚だしいな……」


「何を言います。私たちはデート代が浮いてハッピー。クラスのみんなも仕事がスムーズにできてラッキー。Win-Winですよ」


「俺はいつも通りの放課後でいいんだが」


 そう率直に気持ちを伝えると、結朱はやれやれと言いたげに肩を竦めた。


「もちろん普段通りの日常も大事だよ? けどね、日常のありがたみを噛みしめるには非日常の刺激が必要なの。ちょっとした変化、サプライズこそが日常を彩るスパイスですよ」


「変化にサプライズねえ……」


「そう。特にこの二つは大和君に欠けているものです。彼氏としてレベルアップするためにもこの辺をもっと大事にして?」


「そう言われてもなあ。たとえば、どんなのがいいんだ?」


 俺には縁がないものなので素直に訊ねてみると、結朱は少し考え込むような間を見せてから頷いた。


「やっぱり、不意打ちでプレゼントを贈るとかがいいんじゃない? もしくは、相手がしてもらって嬉しいことをしてあげる。ほら、苦手だから人にやってもらいたいこととかあるじゃん。そういうのをさらっとやっててくれると嬉しかったりする」


 そんな結朱の言葉を聞いて、俺の中に閃くものがあった。


「なるほどな。よし分かった。じゃ、俺は今から文芸部室に行くから、数日ほど放っておいてくれ」


「ゲームのレベル上げする気だよね!? すごい見え見えでサプライズになってないよ!」


「ノーコメントだ。俺が部室にいる間、決してドアを開けないようにな」


「鶴の恩返しみたいになってきてるんだけど! いや、そんなサプライズじゃ女の子は喜ばないからね!」


 結朱にそう言われて、俺は思わずハッとした。


「……確かに。レベル上げなんて人にやってもらっても嬉しくないもんな。自分の手でやってこそだ」


「そこじゃないよ!」


 目から鱗が落ちるような気分だ。俺もまだまだだな。


「いや見直したわ。俺の気付かない間に、お前も立派なゲーマーになってたんだな。なんだか今までより結朱のことを身近に感じるよ」


「何もしてないのに私の評価上がってるんだけど!」


 頭を抱える結朱。ナルシストだと思ったが、意外とこういう場面では謙遜するタイプだったんだな。


「ゲームに関して結朱に教えられることがあるとは……どうやら俺のほうがサプライズをもらってしまったみたいだな」


「何も与えてないけど! なにこの現象! 現実の私と大和君の中の私がちょっとずつ別人になっていく感じ!」


 好感度の上がった今、結朱に対して何もしないのも気が引ける。


 俺なりの誠意として、何か考えなければ。


「よし、結朱にばっかりサプライズされるのも申しわけないし、俺もなんか考えておくわ」


「やっぱりいいよ! よくないサプライズが現在進行形で起きてるから!」




 その後もサプライズ計画にやる気を漲らせる俺を、何故か結朱は全力で止めてくるのだった。不思議。

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