誰も知らないワープの秘密

朝倉亜空

第1話

西暦24XX年、すでに超長距離宇宙航法を実現していた人類は、遂にワープ航法の実用化に成功した。

 それにより、長年の念願であった超弩級長距離宇宙航行を可能にしたのである。太陽系を超え、銀河系の彼方、さらには銀河系を超え、他の惑星系へと、まさに無限に広がる宇宙の果てまで飛んで往くことも夢では無くなった。

 すぐにテスト飛行が行われた。まずはワープ一度での往復。太陽系を少し超えたところまで。成功! 次にワープ二度での往復。成功! 機体はなんの不備、損傷もなく、地球に帰還した。

国際宇宙研究機構は迷わず遥か14万光年彼方、アルファ・バクサラーリ星雲の第2銀河第12惑星系の第4惑星、ピータナまで本飛行することを決定した。ビータナには潤沢な新エネルギー資源が埋蔵されている可能性アリ、との調査報告を受けての決定であった。

 しかし、このワープ航法には、理論上大きな欠陥があることに誰も気づいていなかった。

時空の歪め方に関する部分で、計算の緻密さに甘いところがあったのだ。その結果、ワープする度に歪んだ時空間を入り口として、無限に隣接して存在する多面世界、いわゆるパラレルワールドの一つに出て行っていたのである。

ただ、ワールドのズレ方には進行方向との規則性があり、A地点からB地点まで直進移動しながら二度ワープし、リアルワールドXからパラレルワールドY、更にZへと面ズレを起こしても、今度は180度逆にB地点からA地点に向かいながら二度ワープすれば、ワールドZからYへ、Yから元の世界Xへと面のズレ戻しをするのであった。

 この時、進路の直進性とワープの回数が問題なのであって、ワープでの移動距離は関係なかった。あくまでも時空を歪める時にエラーが発生するからである。

 そのような理由により、テスト飛行では何の問題もなく成功したかのように見えたのであった。

 さて、その件のワープ宇宙船、その名もズバリ「WARP1号」は、いよいよ本飛行における第1回目のワープを遂行した。

時空が歪み、その裂け目から無数の白い粒状のものがあふれ出るように広がっていき、辺り一面が真っ白になって輝き出した。今度はその眩い光の中心に小さなブラックホールの黒点が一つ、そいつが見る見るうちに大きくなっていき、WARP1号がその中に入っていった。

この時、あまりの光景の変貌の凄さに恐ろしくなり、乗組員全員が間違いなく泡を吹いて気絶する。よく、ワープ時の過度な重力の掛かり具合に人体が堪え切れず意識がブラックアウトすると、思われているが、間違いである。

 今回、ワープ一回の時空ジャンプ距離は4万5千光年に設定されていた。つまり、ワープ三回でビータナに到着する予定であった。

 今、宇宙空間に突如現れた巨大なドス黒い亀裂から眩い多量の光の粒が吐き出され、それらとともにWARP1号も姿を現した。よっしゃー、だの、成功だー、だの、酒持ってこーい、だの、艦内では歓声が上がったが、勿論、実は大失敗である。平行異世界へ行っているのだから。

 では、どんな異世界へ行ってしまったのかということを、地球とビータナに関してだけ述べるならば、この宇宙では、地球はハルマゲドンの核汚染によって、もはや人の棲める状態ではなくなり、一部の人間たちだけが月の裏側に作ったコロニーに住んでいる。一方、惑星ビータナはそんなこととはお構いなしに、普通に存在していた。エネルギー資源もたっぷり眠ったままだ。

 暫しの間、宇宙船WARP1号は通常の超高速飛行を続けた後、再びワープ決行の時を迎えた。因みにワープとワープの間に通常飛行を挟むのは、次のワープに必要なエネルギーを蓄えるための時間づくりであり、又、今回のワープによって機体に不具合、損傷が出てないかを確かめる時でもある。

 検査、点検の結果、特に異常が見られなかったWARP1号は予定通りのタイミングで二度目のワープを決行した。4万5千光年が一気に縮まる。平行異世界へズレながら……。

 再び、地球とビータナに関してだけだが、説明しておこう。

 ここの地球は海の主成分がH2Oではなく、C2H6Oつまりアルコールで出来ている。もちろん、活火山など無く、代わりに方々にある活酒山が時折、勢いよく埋蔵酒の大噴水を引き起こしている。よって、大気中にも気化したアルコールが大量に含まれていて、地球人類は常時総ほろ酔い状態、みーんなが皆いい気持ちなもんだから、国家間の対立、民族闘争もない。稀に何かの小競り合いがあったとしても、「まぁ、お互い酒に酔ったうえでのことだから」と水に流す、否、酒に流してしまうという、大変、おおらかな地球であった。そのような状態で文明らしい文明も発展する筈もなく、人類の進化も類人猿を少しだけ先に行った程度、まあ、ほぼ猿の惑星だと言えばお分かり頂けるだろう。

 ビータナに関しては特段、有益な資源なぞ無い、精々が石炭レベルの物がポツポツ見つかるかどうかという、別に何てことはない惑星であった。行く価値なし。

 そして、いよいよ最後のワープを実行する時を迎えた。WARP1号が時空の裂け目に飲み込まれる、と同時に吐き出された。この世界の地球はというと……、ま、もういいか。

 しばらくの間、WARP1号は通常飛行で進んでいると、目的地、惑星ビータナに到着した。さて、こっちは大事だぞ、この世界のビータナは一体どんなビータナだ?

 なんと資源がたーっぷりあった。それも上質、超高性能のエネルギー鉱石がそこらじゅう掘れば出る掘れば出る、もう、隊員たちはウハウハ状態であった。

 こうして、WARP1号はエネルギー鉱石をしこたま貯蔵庫に蓄え、地球への帰路につくこととなった。来た方向とは全く逆方向へ向けて、ワープした……。


「うーん、かれこれもう四度目のワープだというのに、まだ体が慣れん。ワープ酔いでまた気分が悪くなったわい」

 WARP1号の艦長がやや涙目で口をへの字に曲げながら言った。「だが諸君、今回のこの長旅、本当によくやってくれた。大量のエネルギー鉱石も手に入れ、後は我らが故郷、地球に帰るのみである。この調子で、行きはヨイヨイ、帰りもヨイヨイと行こうじゃないか」

 艦長が隊員たちに労いの言葉を掛けた。「あと二回のワープで地球人ゴー・ホームだ」

「そのことなんですが、艦長」今の艦長の言葉を受けて、駆動エンジン・システム部担当の隊員が言った。「艦長、ちょっと窓の外をご覧になって下さい。そうすれば、艦長の御気分もすぐに良くなるかと」

「ん。なんじゃ」

 艦長は前方方向に向いている円形の窓の方へ身を寄せていき、外を覗くや、おおっ、と声を上げた。

「地球じゃ。地球が見えるぞ」

「我々がビータナで採取した高純度、高性能のエネルギー鉱石はざっと今までのエネルギーの三倍、パワーがあります。先ほどのワープに、このエネルギーを使いましたので、一回のワープで三倍跳んで、地球の目の前へ帰って来たという訳です」

「そうか! そいつは素晴らしい」

 故郷を目前にした喜びでワープ酔いが吹き飛んだ艦長は嬉しそうに言った。「ではこのまま一気に大気圏へ突入しよう」

えっ、一度のワープ? ということは、ひとつ前のパラレルワールドに戻るだけ?    

その世界の地球は……、海水がアルコールの地球。大気中にも気化したアルコールが高濃度で充満している、そんなところへ宇宙船が真っ赤な炎を噴射しながら突っ込んでいったら!


 静寂に満ちる漆黒のその大宇宙に突如、巨大な火の玉が現れ、次の瞬間、木端微塵に大爆発した。

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