第3話




 俺の稼ぎで生活できてるんだろうが、


 酔っぱらって、いい気持ちになっていて、お土産を片手に、明日は家族水入らずのんびり過ごせたらと考えていたところに、怒涛の注文を言い渡されて。

 注文と言っても、家事の手伝いだったと思う。

 詳しくは覚えていないが、本当に他愛ないお願いだったはずだ。

 いつもならば、軽く返事をすれば終わる話なのに。


 その日はどうしてか、癇に障って。

 気付けば、彼女を貶める発言をしていた。


 彼女がいなければ俺も生活できていないのに、どうしてあんな驕った考えを口に出してしまったのか。


 離婚を切り出されて、その時は、それでいいと思った。

 

 執着は一時で、傍観が大半。


 脳のデータ化、及びダウンロードが可能になった人間が、器を乗り換えて、長く生きられるようになった時代。

 クローン化した己の身体だったり、動物だったり、植物だったり、鉱物であったり、機械であったりする器は、果たして人間に余裕をもたらした。

 内にこもる為の潤沢な時間を与えてくれた。

 冷淡ではなく、穏当な無関心さが生まれて、他人に執着しなくなった。


 子を産まずとも、人間の繁栄が約束された現代と未来。

 否、その意識さえ必要としなかった時代。


 では人間は人間に恋する事はなくなったかと言えば、そうでもなかった。

 時折、衝動的に執着が芽生える。

 執着はやがて、恋情や友情、家族愛に行き着いた。

 大多数が一過性である。


 どちらかが、離れたいと思えば、執着は途切れる。

 いとも簡単に。

 不思議だとは誰も思わない。

 追いたいとも誰も思わない。

 どうでもいいと思っているわけではない。

 ただ、それでもいいやと、余裕を持って見送るだけ。




(そうだったはずなんだがなあ)


 五十五年ぶりだった。

 孫の立会いの下に、俺たちは再会を果たした。

 彼女は機械の身体で、俺は生まれた時の身体のままで。

 違うと思う、半分。

 彼女だと思った、半分は。


 器が変われば、脳も変容する。

 彼女は彼女だと、彼女のままだと断言などできはしない。

 恋をした彼女ではないと、断言できる。


 のに、


 

 

「お帰り」


 恋文に記した気持ちを伝えるつもりだったが、彼女を見たら、違うと思った。


「「智美、ありがとう」」


 繋ぎ続けてくれた孫に対しての感謝を、二人そろって口にした。

 娘にもあとできちんと感謝を伝えようと思った。


「………」


 見返したかった。

 あの人の庇護の下で暮らしているわけじゃないと、私にも生きていける力があるのだと、あなたを支えているのだと、家族を養っているのだと、突き付けてやりたかった。

 この時代に似つかわしくない思考だとわかってはいたけれどどうしても、

 自尊心が疼いて仕方がなかった。


 できるのだと証明する事。

 それが果たして、内に向いているのか、外に向いているのか、頭がごちゃごちゃになって訳がわからなくなる時もあった。

 しかし、どうでもいいと手放せはしなかった。

 器を変えたいとも思わなかった。




 余裕がなかったのだずっと、

 

 今でさえ、


 だから、あの人に伝えたい言葉がなくなってしまった。


 思った事をすべて伝えればいい。

 今更伝えたくなどない。




「…あなたと二人だけで暮らす事はできません」




 言葉が出てこなくても、一緒にいたい。

 でもまだ、二人だけで暮らす事はできない。

 見返してやりたい気持ちも霧散したわけではないのだ。

 どうしたってこのままでは、また同じ事を繰り返す。




 ばっちゃんがそう言えば、じっちゃんは小さく頷いた。

 小さく、とても小さく、うんと、口にした。

 





 

「言った」

「言ってない」

「言った」

「言ってない」

「「智美はどっちだと思う?」」

「いや私はその場にいなかったし」

「じゃあどっちか決めて」

「えええ」


 まだ二人でいるのは怖いと、じっちゃんばっちゃん双方から言われた私は、新婚気分をまだ味わいたいからとつい最近結婚した母に追い出されて、じっちゃんばっちゃんの家に住んでいる。

 

 三人でいる事が大多数で、じっちゃんとばっちゃんが二人きりだったら、少々の口喧嘩に、大半が傍観、ごくまれの歩み寄り。


「じゃあ、じっちゃん」


 どうでもいい私は、交互に味方になるのだ。

 どうでもいい私はきっと、じっちゃんばっちゃんみたいにはなれないのだろう。


 悲観はない。

 今の私には、

 けれど、未来の私はどうだろうと、時々思うのだ。 







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おいうやまい 藤泉都理 @fujitori

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