カップル以外全員爆発

だんぞう

カップル以外全員爆発

陽那ひなちゃん、どうして隠れるのかな? 会わせたい人はどこかな?」


 冷たい廊下に、同じくらい冷たいあいつの声が響く。

 私は非常階段のドアまで走る。


「どちらかというとあなたが会いたい人ね」


 叫んでから非常階段を駆け昇る。

 私が三階の扉を開けた時、下の扉も開いた音がした。

 音の近さが二階じゃなく一階。

 先回りして一階まで降りたのね。でもそういう用心深さが私に時間をくれる。


 今のうちに……何度も下見した警察署。

 最初から決めていた場所まで移動して、呼吸を整えしゃがみ込む。

 もちろん入り口のドアを開け放ったまま。

 心臓が今まで感じたことないくらいバクバクしてる。

 この鼓動があいつに聞こえちゃいそうなくらいに。


「へぇ、留置場か。こんなところを選ぶなんて罪の意識でも抱えているのかい? 君のために尽死つくしした人たちに」


 喋りながら、あいつはゆっくりと近づいてくる。


「どうしたんだい。そんなところにしゃがみ込んで……中の部屋の扉が全部閉じてるね。そこに誰か隠れているのかな?」


 あいつの足音が止まる。

 気付かれた?

 いや、きっと動揺を誘う作戦。私は沈黙を守る。


 突然、足音が全速力で走り出す。

 私の足は震える。

 でもここで行かなきゃ、ダメなんだ。

 私も立ち上がってダッシュする。

 看守の控え室から、留置場の入り口へと。


 留置場の入り口からは真っ直ぐに伸びる廊下が見える。

 その左側に六つの雑房。

 そして廊下の突き当りには、私と背格好や髪型が近い女の子の尽死体つくしたいを座らせておいた。

 傷つけないように気をつけながら同じ服も着せて。

 その尽死体めがけて走っているあいつの背中を見ながら、真っ先に入り口のドアを閉めた。

 その音に気付いたあいつは、すぐにこちらへと引き返す。

 私は必死に閂をかけ、針金でグルグル固定する……ガンとドアに体当たりされ、扉が軋む。

 だけどさすが留置場の扉。全然無事。


「あなたは明日まで、そこに居てもらうから」


「ははは、やられたよ。まさか、尽死体とはね。髪型も服も揃えて、近づくまで全く気付かなかったよ……わざわざどこからか運んできたのかい? 僕を罠にかけるために? ああ、君は素晴らしいね。心から愛してしまいそうだよ」


「響かない。あんたの言葉なんて。あんたは一人で赤い渦を見て……あんたのために死んだ結子ゆっこに謝りながら爆発して」


「君がそこで見張っていてくれるのかい? ああそうか。この金網、指が通るよね。最後には君が」


「バカじゃないの!」


 私は苛立っていた。

 閉じ込められたってのに余裕かましているこの男……高藤たかとうに。

 こんなご時世に、スーツを着て、ヒゲまで剃って、革靴だってピカピカで。

 このゆとりの理由は何?


 その時、階段の方から靴音が聞こえた。

 非常階段じゃなく大階段……誰?

 この計画を知っている人は二人しか居ないはずなのに……足が見えた。

 綺麗な赤いパンプスにゆるふわワンピース。


「リエさん!」


 知った顔でホッとする。


「高藤を捕まえたの?」


「私、やりましたよ! これで結子ゆっこの仇が討てます!」


「陽那ちゃん、おめでとう!」


 リエさんは両手を広げハグの構えで駆け寄ってくる。

 笑顔で私の頭を抱き寄せた。

 わ、リエさん、やっぱりおっぱい大きいな……そう思ったときだった。

 バチバチとなにかが私のうなじで弾けた。

 全身に衝撃が走る。

 体が動かない……気絶はしてないけれど……私の体も、心も、呆然としている。

 状況を……リエさんが私にスタンガンを使ったのだと理解したときにはもう、私は手足をガムテープでグルグル巻にされていた。


 身動きが取れないまま床に這いつくばる私の横で、リエさんは留置場の入り口を開ける。

 そのまま高藤に抱きつき、キスをした。


「ごめんなさいね。子どもにはわからないでしょうね、体が疼くって感覚」


 今度は目までガムテープで塞がれて、私は担がれる。

 どこへ連れてかれるの?

 殺されるの?

 ごめんね、結子……仇、討てなかった。




 私が連れていかれたのは、どこかの部屋。

 ホコリっぽさとカビ臭さを感じるこの感触はきっとベッド。


 目以外のガムテープは剥がしてもらえたけど、代わりに両手首と右足首に手錠をかけられた。

 手錠の先はどこかに繋がれていて、両手は頭の上、右足は伸びたまま。

 左足は自由だけど、今は私の両膝にリエさんが乗っている。


「大人しくしててね。陽那ちゃんのこと、傷つけるつもりはないから」


「リエさん、私を騙したの?」


「そうじゃないの……はじめはね、陽那ちゃんのこと、守るためだったのよ。私が盾になって……って。でも、高藤さんは優しくて、夢を見ているような気持ちになっちゃった。私ね、恋をしたの。させてばかりだった、貢がせてばかりだった私が、初めて男に貢ぎたいって思ったの。陽那ちゃん、恋をしたことある? 世界を敵に回しても構わない、そんな想いを、私もようやく知ることができたの」


「……」


「許してね。私は弱い人間なの」


「わかった……リエさんが幸せになれたっていうことは、わかった……私はリエさんのこと、責めない」


「嘘。陽那ちゃん、あきらめが悪いって自分でも言ってたでしょ?」


 ダメだ。

 リエさんは油断してくれない。


「ひゃっ」


 リエさんが突然、私のお腹に触った。


「ふふ、陽那ちゃん。敏感なのね」


「な、何するんですかっ」


「ジーンズ脱がすの」


「や、やめてください……え、もしかして、高藤そこにいるの? 私、やだ! そんな初めては嫌っ!」


「暴れないの」


 両手と右足がほとんど動かせない、しかも両膝の上にリエさんが乗っているせいで、うまく抵抗できない。

 ベルトが外され、ジーンズのボタンも外されて……ああ、ジッパーまで!


「やめてっ! ねぇ、リエさん! お願いします! リエさんっ!」


 パンツを下げかけてたリエさんの手が止まる。


「オムツしてあげようと思ったのに……それじゃあ明日の朝まで、トイレ我慢するかおもらしするかの二択だからね」


 リエさんは私の服を元通りにした。

 水とビスケットを用意してくれたけど、トイレが不安だった私は断った。

 結局、何もできないまま、夜。赤い渦の前の、最後の。




 私、こんなとこで一人でなにしてんだろ。

 このまま爆発しちゃうのかな。

 赤い渦が出現しなかったら私は今頃、高二だった。

 華のJKを楽しんでいたのかな。


 すべての始まりはあの夢。

 三年前のあの日、全人類が見たというあの夢を、いまでもリアルに覚えている。




 夢の中で私は一人だった。

 家の前に立ち、空を見上げていた。

 空は怖いくらい真っ黒で、その中にやけに鮮烈な赤い雲みたいなのが渦巻いている。

 渦はうねうねと動いていて、やけに生物みを感じたっけ。


 夢は赤い渦だけでは終わらなかった。

 声が聞こえた……というより頭の中に直接響く感じ?

 その声が言った内容は、私の脳に録音されたみたいに何度でもはっきりと再生できる。


「やがて来たる日、空をこの赤い渦が覆ったとき、愛する人に触れてこう唱えなさい。『私の命をこの人へ捧げます』と。そうすれば、あなたは死にますが、あなたの愛する人は生き残れます。赤い渦は長くは残りません。赤い渦が消えるまでに、愛されてもなく、愛する人へ命を捧げなかった人は、爆発します。生き残る人は、あなたがたが選ぶのです」


 夢はそこでおしまい。

 起きた時、中二病丸出しって自嘲したけれど、登校前にSNS見てゾッとした。

 皆、同じ夢の話をしていたから。

 赤い渦がトレンド入りしてるし、何よりあの声が言ったこと、一字一句忘れずに頭に残ってた。

 夢の中のことなんて起きてしばらくしたら忘れちゃうもんでしょ。

 でも覚えていた。

 結子と亜依香との答え合わせでも一致したし……私達の夢の違いは立っていた場所だけ。

 私と結子は自宅の前で……亜依香は両親が離婚する前に家族三人で住んでいた家の前だった……それだけ。


 それからは誰に命を捧げるかって話題が爆発的に流行った。

 亜依香には彼がいたけど、私と結子はフリーだったから「カップル以外全員爆発」っていうハッシュタグまで大流行した。

 でも、愛って恋愛だけじゃないよね。

 家族愛だってあるし、友愛とか慈愛とか博愛って言葉もある。

 頭良さそうな人達がいろんな予想してたけど、何が正しいかなんてわからないし、第一その赤い渦が発生するかどうかだって。

 だいたい愛なんていう定義が曖昧で目にも見えないものが命がけの基準になるなんてどこの糞デスゲーム?


 夢から、日本では三日後の朝。

 空が急に真っ黒になって、そこに赤い渦がとぐろを巻きはじめた……生々しささえ感じる赤い渦は本当に出現した。


 しかもその日はよりにもよってママの誕生日。

 私がケーキを作ってあげるって台所で材料並べていたら、外が急に暗くなって。

 慌ててベランダに出ると、夢で見たあの赤い渦が空にあった。


 パパとママもベランダに出てきて、二人で私のことを抱きしめて……そこで初めて気付いた。

 というより気付かなかったわけじゃなく、無意識に考えないようにしていたことに直面したというか。

 うちの家族は三人。

 誰かが生き残るために必ず一人は死ぬ計算。

 しかも一人が救えるのは一人……三人だったら生き残れるのは一人だけ?


「ママとね、話し合ったんだ。たちの悪い冗談だとは思うけれど、万が一のときにはこうしようって」


「え、ちょっと待って、パパ? どういうこと?」


「やらないで後悔するよりは、やって冗談だったねって笑えるほうがいいから」


「ちょ、ちょっと待ってってっ!」


「おまじないみたいなものだよ。大丈夫」


 パパは私の頭を撫でて、唱えた。あの言葉を。


「私の命をこの人へ捧げます」


 その途端、パパは倒れた。

 心臓が止まっていた。

 救急車を呼んだけど、つながらない。119番も110番もつながらない。

 SNSを確認したら、あちこちで人が死にまくっているみたい。

 赤い渦はどんどん薄くなっていった。

 ママは私を抱き寄せた。


「もしかしたら、こんなことは一回じゃ終わらないかもしれない。だからパパだけじゃなくママの命も、ひーちゃんにあげる。強く生きてね」


「え、ママ? どうゆうこと? イヤだよ! 待ってよ! 一人にしないでよ!」


「愛してる。私の命をこの人へ捧げます」


 私にはどうすることもできなかった。

 ママは崩れるように倒れた。


 私は泣いて、泣いて、泣くしかできなくて、その日を越えた。


 翌日の朝、空は普通の空だった。

 どのくらいの人が死んだんだろう。

 単純計算でも人類は半分以下だよね……でも実際はもっと少ないんだろうな。

 パパもママも居ないこの世界で、私はどうやって生きてくの?

 頭の中にモヤがかかったみたいな状態で、気がついたらスマホを開いていた。


 信じられない量の着信と通知が来てて……まず最初におばあちゃんに折り返した。

 コールが響く間ものすごく不安で、たった五コールが永遠みたいに感じられた。


「もしもし? ひーちゃん? 無事なの?」


 私は、パパとママが死んじゃったことを話した。

 おばあちゃんはおじいちゃんに救ってもらい、スクーターでこちらへ向かっている途中だった。

 あちこちで車が停まっていたり、事故を起こしていたりで、スクーターでも道路をなかなかまともに走れないみたい。

 夕方には着けると思うっていうおばあちゃんに、時間がかかってもいいから無理をしないでねって電話を切った。


 その時ちょうど結子から電話がかかってきた。

 良かった、結子は生きてるって安心した直後、結子がとんでもないことを言った。

 亜依香が爆発したって。

 なんで?

 カップルは爆発しないんじゃないの?

 こんなルール作った神様はきっとリア充だねとか散々言ってたのに、なんで彼氏持ちの亜依香が?


 おばあちゃんが到着するまでまだ時間があったから、私は結子と合流して亜依香の家へ向かった。

 道すがら、私たち三人のグループLINEの履歴を見たら、亜依香の書き込みがたくさんあった。


 その日、亜依香のお母さんは夜勤で一人ぼっちだったこと。

 赤い渦を見て不安がったら、彼氏が家に来てくれたこと。

 彼氏があの言葉を言ってくれたこと。

 そのあと彼氏が死ぬ前にやらせてほしいってお願いしてきたこと。

 亜依香の彼氏は四つ上の高三。

 亜依香のことすごく大事にしてくれて、キス以上は我慢してくれてるって……そう聞いていたのに……その彼氏、なんであの言葉を言ってもその場で死ななかったの?


 結子は亜依香の家の前で待っていた。

 怖くて一人では入りたくないって。

 せーので入ったら玄関に爆発の跡があった。

 大人の女性っぽい服だし、亜依香のママのお気に入りのバッグも一緒にあったから、多分これは亜依香のママ。

 というか、それが夢の中で言われていた「爆発」なんだって理解したのは、その時が初めてだった。


 亜依香の家に来る途中にも幾つもあった黒いモノ。

 爆発した人の残骸だったんだ。


 爆弾での爆発とは根本的に違う。

 人の肉体部分だけ、一瞬にして真っ黒い塵みたいのと入れ替える、多分そんな。

 その塵みたいなのは砂状で、重力で崩れ落ちる。

 服とか靴とか鞄とか身につけていたものは全部、その塵の山の中に埋まっている。


 だからすぐにわかった。

 亜依香のベッドにあった爆発の跡の片方が、亜依香だってこと。

 黒い塵のてっぺんに、亜依香のつけまが乗っかっていた。

 冗談みたいな光景なのに、私たちは涙しか出なかった。


 結子と二人だけで私の家に帰った。

 結子に手伝ってもらって、パパとママを寝室へ運んでベッドの上に寝かせた。

 それからおばあちゃんが到着するまで、二人でネットで調べまくった。

 世界中から発信された報告を。


 そしてわかったこと。

 性欲は愛じゃなかった。

 感謝も愛じゃなかった。

 友情の中には愛もあった。

 自己愛はアウト。

 本当の恋愛と家族愛は大丈夫。


 私は初日に何もしなかったことを後悔した。

 生かされた命を守るためにすることはたくさんある。

 サバイバル知識とか、他にも役立つ情報なんかは紙ノートにメモりまくった。

 インフラは生き残った人達が動かしてくれていたけど、石油とか電気とかいつまで使えるかもわからなかったし。


 私達を、命がけで守ってくれた人達の行為は「尽死つくし」って呼ばれるようになった。


 映画やマンガで見るような混乱とか暴動とかがほとんど無かったのは、生き残っていた人達は皆、大事な人達に救われた人達だったからなのかも。

 とっても酷い状況なのに、誰もが一生懸命、日常を保とうと頑張っていた。


 そんな中でもごく少数、ヤバいヤツはいた。

 母親に甘やかされて迷惑系ユーチューバーに育ったどこかのバカ。

 調子に乗って、尽死した母親に包丁を突き立てるところを生配信して……爆発した。

 生き残った人が死ぬと普通の死体になるけれど、尽死した人たちは時間が停まったみたいに腐ることもなかったし、尽死した人を傷つけた人も爆発した。

 パパをベッドに運ぶ時、重たくて一度床に落としたけど、私達爆発しなくて本当に良かった。


 一年後。

 私達はまた赤い渦の夢を見た。

 ママの予想は正しかった。終わってなんかくれなかった。

 私はおばあちゃんに救われ、結子は伯父さんに救われた。


 私達は地域ごとに集まってお互いを支え合い、仕事を分担して生きていた。

 私と結子は畑担当。

 政治家なんかは二回目までにほとんど爆発しちゃって号令かける人は居なかったけど、代わりに皆が皆、自分でものを考えて動くようになっていた。

 この頃になるともう誰もお金を使わなくなっていて、基本は物々交換。

 インフラの維持とかゴミの集積とか食べ物を作らない仕事をしている人達にはただで食べ物を分けた。


 毎日をなんとか回していた。

 それでもまた赤い渦が来るんじゃないかって恐怖に怯えながら。


 その生活の中へ高藤は現れた。

 教師だった高藤は、高校生以下の子へ勉強を教えるのを仕事にしていた。

 聞き上手で、いつも周囲の人たちを励ましていた高藤に、結子が夢中になるのも当然……当時はそう思っていた。




 二回目の二年後、私達は三回目の赤い渦の夢を見た。

 結子は、高藤の命を助けるって言って私の隣から居なくなった。

 赤い渦がいつまでも続くことに疲れていた私は、結子みたいに命を捧げられるほど夢中になれる人が居なくて、せっかく救ってもらった命なのにって申し訳ない気持ちでいた。


 新しい人を命がけでまた愛する気持ちへの切り替えを、そんな簡単にできない人は少なくなくて、爆発でもいいやってグループもできていた。

 生き残ったところで次はどうするのって考えるのも辛かったし。

 終わりが見えないのは本当にしんどい。


 耀司ようじくんも、そんな諦め派だった。

 一回目は両親に、二回目は妹に尽死されて、無気力になっちゃった人。

 私を愛することができたら良かったのになって言ってくれたけど、愛ってしようと思ってできるものじゃないから。


 三回目、私を助けてくれたのはレミさん。

 レミさんを救ってくれた恋人に似ているからと、色々世話を焼いてくれた……私が、恋愛を異性にしかできないタイプだってレミさんの想いを断ってからも。

 愛には性別も血の繋がりも関係ないって言っていたレミさんは、私に自分の守り方も教えてくれた。物理的にも心理的にも。

 最期に私を抱きしめてくれたとき、気をつかって家族愛だからねって言ったレミさん。

 私もね、お姉ちゃんとしてなら、レミさんのために尽死できたかもって思えたよ。

 好きは好きだったもん。お世辞抜きで。


 逆にリエさんは、年上なのに妹みたいだった。

 男を夢中にさせて生き残ってきた甘え上手のリエさんは、野菜を育てる以外に、男の人達の相手も仕事にしていた。

 結子なんかは嫌悪していたけど、私はその生命力をすごいなって素直に思った。

 いつだったかそれをリエさんに話したとき、リエさんは泣いた。

 小さい頃から同性に肯定されることがなかったリエさんは、母親からずっと否定され続ける虐待を受けていた。


 人生には理由がある。

 通ってきた道、助けてくれた人、理不尽な障害も。

 良くも悪くもその理由が私を今、生かしている。

 じゃあ、私がここで死ぬ理由は?

 高藤を閉じ込めて爆発させようとしたせい?


 高藤はね、表では爽やかイイ人なんだけど、裏ではリエさんより酷いことしていたの。

 ちょっと離れたところに女の人を囲っているのを私は偶然、目撃してしまった。

 問い詰めたらあいつは言ったの。三回目、結子を「使った」って。

 高藤が「予備」として囲っていた……「使わなかった」方のその女の人は、一人で爆発してた。


 高藤には人の心なんてない。

 利用したい人を夢中にさせる技術が単に高いだけ。

 許せなかった。


 そんな矢先、三回目から一週間しか経っていない一昨日、四回目の赤い渦の夢を見た。

 私は、高藤だけは生き残らせちゃいけないって思った。

 だって今度の夢はいつもと違った。

 「これでさいごです」って最後に聞いたの。


 私が命を救われてきたのはきっと、このため。

 四回目の、最後の生き残りの人達を、高藤の魔の手から守れるのは、あいつの本性に気付いている私だけ。

 高藤が他所から連れてきて、性懲りもなく今回も囲っていた女の人を騙して別の場所に移ってもらった。

 閉じ込めるところまで完璧だったのに……リエさん、どうして。




 ガムテープの向こう側が少し明るくなってきた。

 窓のあるとこなのね。

 今の季節だと、赤い渦が出てくるまで一時間もない。


「陽那ちゃん、トイレ大丈夫?」


 ドアの開く音とリエさんの声。


「トイレ行きたい。暴れないから、お願い。いかせて」


「ダメだよ、リエ」


 高藤の声。

 あいつも一緒にいるの?


「ねぇ、陽那ちゃんのこと、本当に助けてあげないの?」


「僕のことを殺そうとしたんだよ? それに彼女、格闘技を習っていたじゃないか。怖い怖い」


 おどけた感じで余裕かましている高藤ムカつく……けど、何もできない。


「ちょ、高藤さん……ここで? あっ」


 リエさん?


「ほら、陽那ちゃんの上にまたがって」


「……はい」


 私の上に重みを感じる……おそらくリエさんのおっぱいの。


「目、剥がしてあげていいよ」


 痛っ、眉毛取れ……え、ええええっ?


 私の上に四つん這いになったリエさんは全裸で、お尻を少し持ち上げていた。

 それで……多分……高藤と、シテいる。今。


 どこかのホテルっぽい狭い部屋。

 部屋の中央のダブルベッドで、リエさんが私に巨乳をすりつけながら、喘ぎ声をあげている。

 こいつ、私に何を見せたいの?

 私の無力さ? それとも単に趣味?

 どっちにしたって最低。


「ほら、赤い渦だ。リエ、そろそろ……」


「……たか……とうさ、んんんっ」


 しばらく続けたあと、リエさんは体を震わせ私の上に崩れ落ちた。

 肩で息をしている。

 その隙に高藤はベッドから降りてズボンをはく。

 リエさんは私の顔をじっと見つめてから、ベッドの縁に座り直す。


「高藤さん、抱きしめて」


「リエは可愛いな」


「私の命をこの人へ捧げます」


「リエさんっ!」


 リエさんは私の目の前で崩れ落ちる。

 今度はベッドの外へ。


「おや、陽那ちゃん。右足の手錠につけた紐、切れてるね。いつの間にかな?」


 リエさんが? もしかして今?

 最後のウインク、そういう意味だったの?


「け、蹴っ飛ばしてやるから!」


「怖い怖い。近寄らずにおこう」


 高藤は拳銃を取り出した。


「本物だよ。リエが来なかったら、留置場で君を撃っている所だった」


 え?


「本当に君を助けたかったんだな、リエは……だから、君を撃つのはやめてあげよう……爆発を生で見たこともないし」


「ゲス」


 余裕に歪んだ笑みを浮かべていた高藤が、突然真顔になった。

 遠くに階段を昇る足音が聞こえたからだ。


「どうしてここが……でも、誰が?」


 高藤は拳銃を構えて部屋の入口へと移動する。

 誰がってのは私が聞きたい。


「陽那ちゃぁぁん!」


 え、なんで耀司くんの声?

 だって耀司くんは……。


 高藤がいきなり撃った!

 この距離でも耳に響く。

 お願いだから耀司くんに当たらないで!

 高藤は入り口のところでしきりに外を気にしている……今だ!


 私は体を横向きにすると、自分の手がベルトに届く位置まで全力で膝を引き寄せる。

 リエさんが私のパンツを脱がしかけたとき、何か違和感があった。

 手を突っ込んでその違和感を手に取ると……手錠の鍵!

 すぐに体勢を元に戻す。高藤は気付いていない……もう一発撃った。

 私は必死に手錠を外す……片方外れた!

 私が自由になったことを気付かれたら、あいつはきっと私を撃つ。

 もう片方も外れた……けどまだ、手錠をつけたままのフリ……いや、そうじゃない。

 赤い渦が終わるまでの時間はそう長くない。

 私は素早く起き上がると傍らの布団を高藤へバッとかぶせ、それから壁際にあった一人用ソファを思いっきり投げつけた。


 高藤は、倒れた拍子に一発撃つ。

 私は椅子を拾い上げ、もう一回投げ落げようとした……けど。高藤は布団を剥いで私へ銃口を向けた。

 銃声は無情に響いた。


 私の前に、リエさんの背中があった。

 リエさんは高藤へと飛びつき、拳銃を奪おうとしている。


「早く! 逃げて!」


 私は走ってドアの外へ。


「耀司くん!」


「陽那ちゃん!」


 声の方へ全力疾走。

 階段に居た耀司くんの手を取って、その勢いのまま下へと降りる。

 耀司くんは私をすぐ近くの部屋へと連れ込み、扉の鍵をかけた。


「赤い渦が終わる前に」


 耀司くんがそう言った直後、手をつないだまま抱き合って私はあの言葉を言った。


「私の命をこの人へ捧げます」


 ちょっと待ってなんで耀司くんまで言うの……そう思った瞬間、意識が途切れた。




 目が覚めたら、目の前に耀司くんがいた。

 生きていた。


 それだけじゃない。

 生き残った人を救うために尽死した人たちも皆、生き返っていた。

 耀司くんが三回目のとき、舞ちゃん……耀司くんのために尽死した妹へ逆尽死してみたとき、舞ちゃんが生き返ったのは、偶然じゃなかったんだ。

 耀司くんが生き返ったのも、舞ちゃんが同じことをしたから。

 それにもっと早く気付けていたら、二人きりの人たちでも命をつなげたし、それに今の私達みたいに二人同時に尽死したら、二人とも生き残ったりもできたんだ。


 本当は、世界はまるまる生き残ることができたんだ。


 舞ちゃんが、リエさんからの手紙を渡してくれた。

 私が残りの人生を生きてゆくときに人を爆発させた記憶はきっと影を落とすから、高藤は自分が片付けるって。

 私を監禁する予定だったあのホテルも、事前に舞ちゃんに教えてくれていた。もちろん地図付きで。

 そしてリエさんは宣言通り高藤の隣で爆発してた。

 高藤が爆発したせいで、結子は尽死から生き返らず、そのまま普通の死体になっちゃった。

 赤い渦からの解放は、決して幸せばかりではなかった。



 その後、爆発でできた黒い塵は、ものすごい肥料になることがわかった。

 誰かが言った。

 人間が数を減らし、地球には緑が増え、工場がほとんど稼働しなかった期間を経て、地球は生き返ったと。

 爆発した人たちは地球を救うために命を捧げた英雄なのだと。


 私はその言葉を聞き流しながら、結子のお墓に花を植え、亜依香とリエさんを撒いた。




<終>

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