ベンサムによろしく

ゴシック

第1話 楽園はここですか?

 人生生きてれば「今あの人は本当に楽しんでるかな?」とか「あいつはこれに喜ぶかな?」みたいな疑問が思い浮かぶことがあるが、それが分かるようになった世界に興味はあるかい?


 俺みたいなごく普通の高校生にはそれが素晴らしいかどうか分からんが、少なくとも周りの大人達は現代の世界を――


 、と呼んでるぜ。



 ある平日の朝の話だ。

「えーですから、幸福度の総量が多い方の考えを尊重していくわけですね」

「…………」

 小学校だろうが中学校だろうが高校だろうが、朝のHRには必ず国の幸福省から派遣された教育監のお言葉を聞かなきゃならん。毎日この繰り返しでとっくの昔に飽きがきているね。

「いいですか、皆さん。最大多数の最大幸福ですぞ! 現代の楽園はこの考えによって成り立っているのであります!」

 まったく同じキーワードをいつもいつも……。あぁっ、これ以上聞くのはあまりにも馬鹿馬鹿しい。もっと有意義なことに時間を回せないだろうか……って、そんな考えにたどり着くと俺が取る行動パターンが一つに絞られてしまうじゃねえか。

「ふぁぁわぁ」

 俺はそう密かにあくびをし、抗えない睡魔7割と俺の忍耐力の無さ3割を理由にして両目にシャッター下ろす。すると、見事なほどあっという間に俺の意識は眠りに落ちていくのであった。


 そうして俺は廊下に立たされることになったのだが……何も考えずにいるのも暇なので少し回想に浸るとでもしようか。

 これは祖父母の世代の話なんだが、ある日突然インターネット上でMr,someoneを名乗る者が人間の幸福度を測る装置の開発に成功したと発表したらしい。普通に考えれば胡散臭い話に思えるが、意外にもそれは真実だったようで、ゆっくりと十数年かけて幸福度を最大の基準とした社会が形成されていった。そして人類は全員脳にマイクロチップを埋め込み、オンオフはあるものの人類は常に自分と他人の幸福度が分かるようになった。

 その結果……と言ってもそれを考えれるほど俺は物知りではないため個人レベルに話を落とすが、例えば学級会での決め事は基本的にクラス全員の幸福度の総量が多いものが選ばれるな。しかし、その理論でいけば間違いなく今の俺の幸福度は低下しているので廊下に立たされるのはおかしいはずなんだが、教育監によれば「私の話を聞くことは高尚な幸福で、その途中に寝ることは低俗な幸福なのであります!」というわけらしい。ちなみに高尚な幸福は健康で持続的なもの、低俗な幸福は不健康で一時的なものだ。まったく、オーマイグッネス。


 ガラガラッ。


 そんなことを考えていると教室の中で大きな音が起こった。これはHRが終わったことを意味するものであり、また忌々しいことにが俺の様子を伺いに来ることも意味している。

「よう兄弟! これで通算28回目だな!」

 ほら早速来た。

「毎度のことだがいつから俺と龍驤りゅうじょうは血縁関係になったんだ? それと今度余計な事を言うと……なんだっけな、まぁいい、とにかくよしてくれ」

「中が良い証拠じゃないですか。僕だって龍驤さんとはあなたと同じくらいの付き合いがあるのに未だに苗字呼びですよ」

 そう会話に入ってきたのは伊吹いぶきだ。

「あのなぁ、俺は見世物をやってるわけじゃないんだぞ。なんで毎回の俺のところにやってくるんだ?」

 俺はあきれながらそう言った。すると、龍驤は額に疑問符(?)を浮かべながら、

「兄弟、俺はお前の為に来てるんだぜ? なぁ、伊吹?」

 伊吹はムカつく爽やかな笑顔で、

「ええ、まったくその通りです。しかも、古鷹ふるたかさんの幸福度は上昇しているように見えますしね」

「本当か? 俺にはお前の表情が詐欺師スマイルに見えるんだが」

 と言いつつ、俺は自分の脳内で幸福度診断システムを起動させる。すると、ある数値が自分の頭上に見え……ない⁈ なっ、おかしいぞ、こんなこと今まで起きなかったはずなんだが。

 俺はじわっと脂汗を額に浮かべ、少しの焦燥感にかられて龍驤と伊吹の頭上に視線を移す。

「どうだ? 俺達二人の幸福度も上昇してるだろ?」 

 馬鹿っ、何も見えねぇよ! マイクロチップが故障するなんて話は前代未聞だ!

「……古鷹さん、何かありましたか?」

 脳内お花畑の龍驤と違って頭のきれる伊吹は何かに気づいてくれたようだ。俺は藁にも縋る思いで伊吹に打ち明ける。

「システムを起動したはずなのに幸福度が見えないんだ……」

 俺は心臓がなくなったような気分で伊吹にそう言った。そして、伊吹の目をじっと見つめ――


「ええええええええっ!!」


 この龍驤の馬鹿でかい声は校舎中に広がったらしい。



 

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