chapter.6

23.青春、初めました。

 翌日。


「これ、受け取ってください」


 身体全体を使って差し出された紙に書かれていた文言は、


「え、入部届?」


 場所は新聞部室。


 時間は平日の放課後。


 差出人は月見里やまなし朱灯あかり


 受取人は朝霞あさか文五郎ぶんごろう


 そして、当の手紙こと入部届はといえば、


「あれ?これ二枚あるけど」


 そう。


 いま月見里が差し出したのは何も彼女自身だけのものではない。


西園寺さいおんじ……え、紅音くおんも?」


「一応、な」


 事の顛末はこうだ。


 ひと騒動あって無事に(?)紅音と友達になった月見里だったのだが、とんでもない提案をしてきたのだ。それが、


「入部希望ってことね」


 新聞部への入部だった。


 紅音も、最初に聞いたときは驚いた。


 ただ、聞けは彼女は友達という以前に、どうも放課後の寄り道みたいな「いかにも」な学生生活に強いあこがれがあるらしい。そんな彼女にとって、一つのあこがれであるのが「部活動」なのらしいのだ。


 その欲求を満たすのにここ、新聞部が適しているとは紅音には正直思えないし、一度は止めたのだが、


「それなら、一緒に入りませんか?」


 という言葉と、その迷いのない瞳を見てしまった以上、それ以上何も言えなくなってしまい、結果として、なぜか紅音も一緒に入部をすることになってしまったのだ。

 ただ、それを説明するのは骨が折れる。


 と、いう訳で、


「悪いな。月見里が部活動をやってみたいっていうからな」


 朝霞は手元にある二枚の紙を眺めながら、


「いや、それは別に構わないし、ここはそんなやつらしかいないから文句のつけようはないと思うけど……ん?」


「どうした?不備でもあったか?」


「いいや」


 朝霞は否定し、


「月見里さん」


「は、はい」


「これってさ。月見里さんのは自分で書いて、そのままここに持ってきたんだよね。誰かに見せたりした?」


 月見里は全力で首を横に振り、


「いいえ!見せてないです!」


 それを見た朝霞はふっと表情をやわらげ、


「おっけ。預かった。俺から顧問に渡せばいいんだよな?」


「お、お願いします!」


 力いっぱいお辞儀する月見里。紅音が、


「顧問なんていたんだな……」


「いるさ、そりゃ。部活だからな。ちなみに、紅音は会ったことないと思うけど、この部にはちゃんと部長が、」


 ガチャガチガチャドンドンドンドンガチャガチャガチャドンドンドンドン!!


「ひゃっ!?」


「なんだ!?」


 紅音と月見里は突然の来訪者に驚く。が、朝霞は淡々と、


「お、噂をすればって感じだね」


 扉のところまでいって、鍵を開け、


「はいはい、今開けますよ……っと」


 扉をあける。


 瞬間。


「なんだ、いたのか。いたなら早く開けてくれ」


 朝霞が流すように、


「いましたけど、そんなすぐには開けられないですって。せっかちなんだか、のんびりしてるんだか、どっちかにしてくださいよ、全く」


 そういって中に招き入れる。どさどさっと、騒がしい雰囲気そのものが中に入ってくる。


「いやぁ、つい癖でな。懐かしいなぁ。部室に逃げ込んだあの日々……」


 過去に思いをはせるその男性は、ぱっと見、紅音や朝霞よりは年齢が上に見えた。

細かなことは分からない。ただ、少なくとも未成年ではなさそうな気がする。


 180cmはあろうかという身長に、そんな体よりも大きいのではないかと錯覚するほどのリュックを背負っている。それを下ろすと、どすんという音がした。一体どれほどの荷物があそこに入っているのだろうか。


 服装は制服ではなく、カジュアルな運動着という感じ。額にはサングラスが引っ掛かっているが、かけないほうがモテるのではないかと思うほど顔は整っている。


そしてその表情はそんな顔からは想像もできないほど豊かだ。


 男は「おおっ!」と驚き、


「もしかして、君が西園寺くんか」


「は、はあ」


 圧が凄い。


 好奇心まんまんの小学生みたいな目で見るんじゃない。


「話には聞いていたんだけどね。いや、挨拶出来なくて済まない」


「い、いえ……」


 朝霞がようやく横から、


「紅音。この人がうちの部長。そうは見えないかもしれないけどね」


「え、部長?」


 部長(?)ははっはっはっと爽やかに笑い倒し、


「そうは見えないって酷いじゃないか」


「いや、見えないでしょう。少なくとも高校の部長は、放課後にいきなり自転車の旅から帰ってきたりはしないですって」


 それを聞いた月見里が復唱するように、


「じてんしゃのたび……?」


 部長(?)はびしっと月見里を指さし。


「そう!」


「ぴゃっ!?」


「聞いてくれよ」


 いや、多分月見里それどころじゃないと思うよ?


「自転車での旅ってのはなかなかつらいもんだよ、やっぱり。場所によっては車道が狭い上に、車がビュンビュン飛ばしてたりしてさ。まいるぜ、ほんと」


 そんなことを語ってくる。


 朝霞はそれらを一切無視して、


「紹介するよ。たちばな先輩。いちおう、この部の部長だ」


 橘は笑いながら、


「おいおい、一応はないだろう」


 朝霞はさらっと、


「そもそも先輩はまず何年生なんですか、全く」


 橘は頭の上に乗っかっていたサングラスをつけ、ブリッジに人差し指をかけて、よくわからないポーズを決め、


「秘匿事項だ」


「……どういうことだ?」


 紅音の疑問に朝霞が、


「簡単な話。部長は留年してるってこと。何度やったのか知らないけど」


「あー……」


 なるほど。


 そういわれれば納得するところもある。未成年とは思えなかったのはそれなのか。

 橘は再びサングラスを頭の上に戻し、はっはっはっはっと笑い飛ばして、


「まあ。いいじゃないか。そんな些末なこと。それより」


 自身の留年を「些末なこと」扱いし、


「そこのお嬢さんはどなたかな?」


「ひゃっ!?」


 紅音の隣……というか若干陰に隠れるような位置にいた月見里に言及した。自身の留年が今初めて出会った人間以下の扱いですか……まあいい。


 紅音は自己紹介など出来なさそうな月見里の代わりに、


「俺の友人です。名前は、」


 ここでようやく本人が顔を出し、


「月見里、です」


 とだけ告げて、また後ろに引っ込んだ。ヒットアンドアウェイ戦法かな?


 朝霞は補足をするように、


「ここ二人、入部希望なんですよ。うちの」


「へぇ」


 橘はありもしない顎のヒゲをさすりながら、


「ここに入部希望か」


「入部届もありますよ、ほら」


 そう言って朝霞は手元にあった二枚の紙を手渡す。受け取って、ざっと目を通す橘の視線は、“ある項目”でぴたりと止まる。


やがて、にっと口角を上げた。あの笑い方には覚えがある。朝霞がろくでもない計画を思いついている時にそっくりだ。なるほど、流石は部長ということか。


 橘は手元の入部届を丁寧に折りたたんで、ポケットにしまい込み、


「これは後で俺が顧問のところにでも届けておこう。それよりも、だ」


 何かを呟きながら部室の奥へと消えていく。


 ちなみに消えていくというのは比喩でも何でもなく、本当に消えたのだ。なぜか室内に貼られ続けているテントの中に、だが。


 やがて、にゅっと生えるように出てきた橘は適当な机を見繕って手元の紙を置くと、ペンで豪快に文字を書きなぐり、


「これでいい」


 何かに満足したようにうんうんと頷き、手近な椅子を持って紅音たちの横をすり抜け、部室の外に行き、


「よっ、と」


 手に持っていた椅子を置き、その上に立って、何やら作業を始める。紅音たちはそれぞれ目線を合せて頷き、その後を追い、


「部長。今度はいったい何……を……」


「あの、部長さん、どうしたんです、か……」


「一体何をしてるんで……はい?」


 時が止まった。


 いや、実際には橘はせっせと動き続けていた。


 ただ、その手元にあるものを見た紅音たち三人は固まってしまった。


 だってそうだろう?


「よし、完成だ」


 ちょっと前まで、そこには「新聞部」という、無機質なプレートがあったはずである。それは確かにこの部屋の内容を説明するのには不確かな文字列だったかもしれない。


 しかし、だからと言って、


「青春部って…………」


 そう。


 青春部だ。


 青春部なのである。


 プレートよりもはるかに大きな紙に、書きなぐったというのには達筆な字で書いてある。命名はもちろん部長こと、橘である。朝霞はあきらめ気味に、


「またですか?」


「いいだろう。ぴったりのネーミングだ」


 誇らしげな橘。こちらに聞いても何も収穫は得られなそうだ。紅音はまだ話の通じそうな方あさかに、


「またって、前にもあったのか?」


 朝霞は肩をすくめて、


「あった。と、いうか定例行事みたいなもんだね。これは」


「マジか……」


 知らなかった。恐らくは紅音が朝霞と知り合う前のことだろう。朝霞はため息一つに、


「最近はおとなしかったはずですけど、またどうしたんですか?」


 橘は椅子を降りて「ひと仕事終えたぜ」といった具合にパンパンと手をはたいた上で、出てもいない額の汗をぬぐい、


「仕方ないだろう。思いついたんだから」


 それを聞いた朝霞は一言、


「まあ、いいですけど」


 とだけコメントして、部室の中に戻っていく。橘もそれを追うようにして、


「そうだ。お土産があるんだ。君らも一緒にどうかな?」


 それだけ言い残して、返答も待たずに部室の中へと消えていく。嵐のような人だ。

 紅音と月見里は思わず見つめあい、


「いこうか」


「そうですね」


 お互い、苦笑する。そこには負の感情は全くなかった。


 他方、部室内でリュックの中からお土産を探る橘は一人、思い返す。


(「入部理由:西園寺さんと一緒に部活動がしたいから」って。これが青春じゃなくてなんだってんだよ)


 そこから先を声に出し、


「なあ?朝霞」


 そんな橘を朝霞は、


「はいはい、そうですね」


 とだけあしらう。これもまた、いつも通りの光景、なのだった。

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