2.辛いってのは生きてる証拠だよ。

「アッーーーーーーーー!!!!!!!!」


 結論。


 辛いのはやっぱり、リアクションや反応を重視して作っている。


 この番組は○るか食品株式会社の提供でお送りしました。



               ◇



「いやぁ……これより上って、それもう食べ物じゃなくない?」


「まあ、これでも十分凶器だと思いますけどね」


 冠木かぶらぎ紅音くおんは二人して目の前のカップ焼きそば辛いやつに視線を移す。ちなみにあとちょっと残っているが、冠木が「甘いもの買ってきて、飲んでから食べるわ」と言ってきかないので、そのままにしてある。こちらのノルマは達成したはずだ。突き返されたら全力で走って逃げよう。


「はぁ~……」


 冠木は仰向けに寝転がり、天井をぼーっと眺めながら、


「少年はさ、友達とか作る気はないの?」


「…………はい?」


「いや、だから、友達とか作る気はないのかなって」


「ちょっと何言ってるのか分からないっすね」


「いや、そんなテンプレ返答されても困るけど……」


 駄目だった。良いと思うんだけどな。これだけで盛り上がるみたいだし。


「いやさ、今こうやってカップ麺食ったりしてて思ったんだけどさ。こういうの辛いやつってさ。本来はこう、友達同士で買ってきて、みんなでワイワイと「辛い!」とか「頭おかしいんじゃねえの!?」とか言いながら食べるもんじゃないのかなぁと思ってさ」


 紅音は笑って、


「そんなことですか」


「そんなことかねぇ」


「そんなことですよ、俺にとっては」


 冠木は「よっこいしょ」と言いながら上体を起こして、


「友達、欲しくないの?」


 割と真剣な目を紅音に向けてきた、


「え、もしかして俺、友達のいない寂しいやつって思われてます?」


「思われてるも何も、そのままだと思うけど……」


 紅音はむっとなり、


「心外ですね。俺にだって友達くらいいますって」


「例えば?」


あおいとか」


「葵……」


 冠木は首をゆらゆらさせながら暫く思案し、


「ああ!」


 ぽんと手を叩き、


八雲やくもくんか。幼馴染なんだっけ」


「ええ」 


 冠木はじっとりとした視線を向け、


「それ、反則じゃない?」


「なんですか、反則って」


「だって、ちっちゃいころから一緒なわけでしょ」


「まあそうですね」


「それこそ物心つく前から」


「そういうことになりますね」


「お風呂とかも一緒に入ってたわけでしょ?」


「まあ……おい」


「あれ、入ってないの?」


 冠木は本当に「意外」という顔をする。どうやら彼女には紅音が幼馴染と一緒にお風呂に入る人間に見えるらしい。


 ため息。


「入ってませんよ。妹ならまだしも」


 今度逆に冠木が驚き、


「え゛っ゛!゛?゛」


「……なんですか」


「妹さんとお風呂、入ってたの?」


「ええ。一緒に入ってたというよりも、俺が妹をお風呂に入れてたって感じですけどね」


「ちなみに、年齢差は」


「二歳ですね。今年、中三です」


 冠木はさっきよりもさらに湿った視線を紅音に向け、


「……ロリコン?」


「何故そうなる」


「じゃあシスコン?」


「他の選択肢はないんですか。他の」


「だって、妹さんと一緒にお風呂って……え、そんなもんなの?」


「他の家庭がどうかは知りませんけど、うちはそんなもんでしたよ。親がそういうのやらないんで」


「ふーん……」


 冠木は納得半分、疑問半分といった塩梅で引き下がり、


「で、他には?」


「他?」


「だから、友達」


「ああ」


 そうだった。


 ただ、正直なところ紅音にとって「友達」という言葉を使うのが差し支えないのは正直なところ葵一人だった。


 一応、交友関係が狭いわけではない。


 それなりにモテることもあって、女子にはバレンタインデーとホワイトデーを通じてある程度の顔見知りになった相手は何人かいる。


 男子でも席が近いのでそれなりに話すことがあり、学年が上がってクラスが変わった今でも、教科書を忘れればお互いに貸し借りをするくらいの相手もいる。


 しかし、正直それを“友人”といいうカテゴリに含めていいのかと言われるとかなり悩む。


 一方で、葵の側にハードルを合わせると、“友人”というカテゴリに入る相手はほぼ皆無になる。


 それは恐らく冠木の望むところだ。


 何故かはわからないが彼女はどうも友人が人生においての重要なファクターであると認識している節があるのだ。


 もちろん、その考えも決して間違いだとは思わない。


 事実、高校の友人は、一生涯の友になるともいう。それはかけがえのないものであるのもまた、間違ってはいないとは思う。


 ただ、それはあくまで「学校」や「会社」以外の社会を持ちづらかった時代の話だ。


 実際に、現代ではネット上で知り合った相手同士が結婚するという事例もそこまで珍しくはない。それならば、そんな相手が生涯の友人となる可能性だって十分にあるだろう。


 つまるところ、今急いで友人を作る必要はないし、ましてやそれを目標にするのなんてもってのほかだとすら思うくらいなのだが、それを目の前にいる彼女に説明したところで、



「若いねえ」



 の一言で済まされるのが関の山である。


 さて。


 そうなると、紅音に残された道は「友人をでっちあげる」くらいのもので、


朝霞あさか、とか」


 自分でも苦しいのは自覚している。ただ、それ以上に、この名前は出すべきではなかった。


「それはないな」


 全否定である。ここまで否定されるとは思っていなかった。


 劣勢であることは承知の上で、紅音は反論する。


「いくらなんでも酷くないですか」


「うーん……他の名前ならそうだとおもうけど、あれと少年が友人はないでしょ」


 バレていた。


「だって、少年って新聞部に入り浸ったりしないじゃない。必要な時だけ行くって感じでさ」


 バレ過ぎていた。


「それに、あの朝霞が友人ってのがなー……仮に少年がそう思ってたとしても、向こうがそう思ってるとは思えないんだよね」


 図星だ。


「それに、そんな相手を少年が友人として認めるとも思い難いんだよなぁ……」


「……そこまで分かっててなんで聞いたんですか」


「ん?なんとなく。多分ないだろうなぁーって思ったけど、聞いてみないとわかんないじゃない。聞いてみたら意外と交友関係が広いって可能性も」


「あるって思ってました」


 冠木は首をぶんぶん横に振り、


「ううん?全然」


 割と酷いなこの人。


 目の前にいる人間に向かって「お前、友達いなそうだな!」って言ってるのと同じだぞこれ。相手が相手ならひっぱたいてるレベル。やらないけど。


「んで、どうなの、実際。友達、作る気ないの?」


 ちょっと真面目な雰囲気。流石に、学生相談室を任されているだけのことはある。いくらなんでもここははぐらかすわけにもいかなそうだ。紅音は一言で、


「無いですね」


「またばっさり行くね」


「そりゃ、作る気あったらこん……ここにはいないでしょ」


「いまこんなとこって言おうとした?」


 やだなぁーそんなわけないじゃないですかー(ぶりっ子高音ボイス)


 紅音は無理やり軌道修正をかける、


「別に誰かと仲良くなろうと思ったら出来ますよ、そりゃ。俺だってガキじゃないんですから。でも、それってなんか意味あるのかなって」


「意味ねえ」


「そうです。例えば……先生はプロ野球って興味ありますか?」


「あるよー。今年はね、調子いいんだよ!阪神!」


 虎党だった。なんかイメージ通りだ。それはともかくとして、


「じゃあ、そうですね。ポロって興味ありますか?」


「ポ、ポロリ?」


「ポロです。一文字付け足して大変なことにしないでください」


「ごめんごめん……で、そのぽろ?ってのは何?」


「そうですね……端的に言うと馬に乗って行うサッカーってところでしょうか」


「ほーん……」


「興味ないですよね?」


「うーん……現時点ではないねぇ」


 紅音はびしっと指差し、


「それです」


「それ?」


「そう。そういう「なんか知らねえ相手の趣味」を理解していかないと、仲良くなんて幻想なんですよ」


「でもそれって、趣味が合えば大丈夫なんじゃないの?」


「合えば、です」


「合わないの?」


「合わない……というとちょっ語弊があるかもしれないですね。正しくは「合わせられない」ですかね」


「どゆこと?」


「趣味が無いんですよ、俺には」


「え、無いの?」


「はい」


「え、でも、この間野球について結構語ってなかったっけ?」


 そうだ。


 つい数か月前。確かに紅音の興味が野球に向いていたことがあった。それは確かに傍から見たら趣味に見えなくもないかもしれない。しかし、


「あれを趣味っていうなら……まあ、そうかもしれないです。でもそれは、他の人たちの趣味とはちょっと違うんですよ」


「そんなことある?」


「ええ。だって、その証拠に、俺。最近野球の話一切しないでしょ」


「そうだっけ?んー…………」


 冠木は首を段々と横に傾けていき、その角度が90度に迫ろうという段階で目を見開いた。ぴこーんという音が聞こえた気がする。なんなら頭の上に電球も光っていたような気すらする。


「してないわ。確かに。私がすることはあったけど」


「でしょう?」


「え、なんで?飽きちゃったの?」


「分かりやすく言うとそういうことになりますね」


「この数か月で?」


「信じられないでしょ?」


 冠木は一つ頷く。紅音は続ける。


「でも事実なんですよ。最近はオカルトが結構来てますね」


「オカルト……?」


「ほら、あるじゃないですか。心霊スポットとか、そういうの」


「ああ、UFOがどうとか?」


「それはまあ厳密には違うんですけど、オカルトって言えばその一種かもしれないですね。自分の興味対象からは若干外れますけど」


 冠木は分かったようなそうでないような感じで、


「はぁ~……でもそれなら色んな人の話に入れるんじゃないの?だって、そうやってマイブームが移り変わってるわけでしょ?んで、私とは野球の話が出来てる。同じことじゃないの?」


「まあ、出来るとは思いますよ」


「じゃあ」


「だから、出来る“とは”ですって。やるとは言ってないです」


 冠木はあからさまに不満げに、


「なんで」


「だって、めんどくさいですし」


「……私には話合わせてくれるのに」


 さて。どうしたものか。


 彼女の論理は全くもって正しい。正論である。


 しかし、その正論は紅音には当てはまらない。


 事実、同じ学生相手にはこんな対応はしようとは思わない。


 バレンタインデーにチョコを持ってきてくれる女子には丁寧に接するが、あれはあくまで彼女たちの行為と、その証明となっているチョコレートに対して礼節を払っているに過ぎない。


 朝霞だって、彼からもたらされる情報や、それを手に入れる彼の手腕に敬意を払っているというのが実情だ。


 葵に関していえば、そもそも物心ついたころには近くにいたから、今更話が合わないくらいでどうにかなる相手いではないから対象外と言っていい。


 そして、冠木にもまた、そういった理由が存在する。


 ひとつは当然、この場の提供である。


 この畳の部屋はそもそもが学生相談室の中にあるものである。その「本来の」使用目的は、学校には何とか登校出来るものの、教室まではいけないといった悩みを抱える生徒が、くつろぎ、勉強したり、遊んだりするための、いわば学校と家の緩衝地帯のような場所なのだ。


 したがって、決して養護教諭と生徒が激辛カップ麺を食べて悶絶するための場所ではないはずなのだ。


 現状では、そもそも昼休みに訪れる生徒が少ないこともあって、二人の昼食の場と化しているものの、もう一人の養護教諭であるおおとりは決していい顔はしておらず、ここに居座れるのは概ね冠木が。よく言えば寛容、悪く言えばテキトーな性格であるところが大きい。


 それに対して感謝をするのは至極当然である。少なくとも紅音はそう考えている。


 それだけではない。紅音がここを最初に訪れたときから、教師というよりは悪友のような距離感で接し、仲良くしてくれた彼女の存在は、恐らく彼女自身が思っているよりも、紅音の中では大きな存在であったのもまた確かで、これにも感謝をしなければならないと思っているのもまた、事実である。


 ただ、それとこれとは話が別である。


 人は誰しも全ての考えをあけっぴろげにして生きているわけではない。


 誰にだって、知られたくないことというのはあるものだ。


 こと、紅音にとってはそれが「冠木には話を合わせる理由」なのだ。


 となると、誤魔化すより他はない。


 ただし、真っ赤な嘘をつくと後が面倒だ。嘘はつかない。けれど間違った方に誘導する。これが最善策だ。


 そうと決まれば話は早い。


俺は、カランカラ~ン


この場所とか、カップ麺とか、失礼しまー……す


そういうものをくれるあれ……先生に感謝してるから、先生いないのかな?


だから、特別なんですよすみませーん


 なんだ?


 なんだかさっきから被ってきているような、


「ひゃああああああああああ!!!!!!!!」


「うおっ!?」


「なんだ!?」


 刹那。


 目と目が合う。


 女子生徒だった。


 恐らくは“正規の目的で”学生相談室を利用しにきたのだろう。思い起こしてみれば、確かにドアに取り付けられた鈴がなっていたような気がしないでもない。しかし、あの子どっかで見たような、


「君、」


「すみませんすみません!お邪魔でしたね!本当にすみません!私そういう男女のアレとか分からないお子様なもので!すみませんすみません!」


「あ、ちょっと」


「失礼します!!!!」


 バタァァァァン!!!!


 カラカラカラカラーン!!!!


 沈黙。


 やがて、扉についた鈴の音も落ち着いたのち、冠木が紅音の方を向き、


「私、なんか悪いことしたか?」


 顔が引きつっていた。多分、何もしていないと思います。

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