第25話 私のスパイ容疑

 私は岸和田での研修時、1週間、休みをもらって、ウィリーが引っ越ししたテキサス州のサンアントニオを訪れることにした。


 彼には、私がブルース・ジャムセッションで受けて有頂天になっていた時に、お前、日本のスパイだろうといわれ、酒の勢いで「はい」と答えたのは、前述した通りだ。


 先にチケットを押さえていたので、訪ねて行きたいと電話で伝えたら、その1週間は、ウィリーはダラスで仕事があるとのことだった。


 これが、また、彼らに私のスパイの疑念を抱かせた。彼が、いない時に何をするのかという訳だ。


 ロサンゼルス経由でサンアントニオに到着して、ホテルにチェックインした夜、彼のガールフレンドのロザーナが主催するパーティーへのお誘いがあった。


 行ってみると、彼女の両脇は、元空軍のパイロットと元アメリカ海軍のそれも特殊部隊の隊員で固められていた。パイロットの方は、私を睨んでいた。


 私の椅子の隣には、男が座った。私が、一人でオレンジジュースを飲んでいると、男が真っ赤な顔をして「トーク!」と大声を出した。 


 それで私は、有機農業の研修をしており、日本の長野県でブルーベリーを作ろうと考えていると答えた。彼も元軍人だったのかもしれない。


 次の日は、またロザーナが手配してくれたワイナリー・ツアーに参加させてもらった。


 元特殊部隊の隊員が車でホテルまで迎えに来てくれるというので、ホテルのエントランスの外のベンチに座って待っていたら、慌ててやってきた。


 受付に聞くと私がもうチェックアウトしたといい、ロビーを探してもいない、それで焦ったといった。


 私は、今夜からロザーナの家に泊めてもらうのでチェックアウトしていたのだが、彼は玄関から離れたところに車を置いてホテルにやって来ていたため、私がスパイ活動に出たと勘違いしたのだ。


 ワイナリー・ツアーは面白かったが、私は当時酒をやめていたから飲まなかった。


 これも、またスパイの疑念を持たせたようだ。軍人というのは、作戦中に絶対酒を飲んではいけないらしい。


 ツアーのお店では、花の種やジュースを買ったりしていたのだが、帰りのバンの中で私はビールを飲んだ。そうすると、元特殊部隊が「おお、ヒロシは飲んでいるぞ!」と言って喜んだ。


 そして、翌日はロザーナがまたブランチの出る教会へ連れて行ってくれた。牧師が、この中で戦争に行った人は、手をあげるようにといった。


 数名が手を上げた。その中には元パイロットが含まれていたが、なんとも得意げな顔をしていた。そして、牧師は彼らに賞賛をといった。


 ブランチは、カーボーイハットを被ったくらいの女の子が、お皿を料理に取り分けてくれた。


 私は、牛肉は要らないと言うと、「いらないの?変な人」といわれた。私は、当時ヴィーガンだった。牛は、飼育の過程が悲惨であると思うからだ。この思いは今も変わってはいない。


 ブランチの途中から、白いスーツを着た黒人ばかりのバンドの演奏が始まった。


 面白かったのは、ギタリストが、ソロで、優しく一音、一音をファッー、ファーと信者の頭に降り注ぐように弾いたことだ。こんなソロもあるんだなと感心した。


 ブランチが終わって、お土産屋さんの入り口にある椅子に座っていると、後ろのテーブルに得体のしれない雰囲気を出している若い奴がいた。


 そうすると、元パイロットが、私を見て「サンアントニオはどうだ?」と聞いた。


 気候も良いし、最高ですねと答えた。しかし、あの若いのは一体、何だったんだ。恐ろしい。


 滞在の最終日、ウィリーがダラスから帰って来た。空港まで車で送ってくれるという。ただ、寝不足なので、少し寝たいともいう。


 3時間ほどして彼が起きた。すると、お前この一週間、何をやっていたんだと彼にも疑いの眼でいわれた。何って、観光ですよと私は焦って答えた。

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