第27話 私のスパイ容疑

 私は有機農業の研修時、一週間、休みをもらって、元麻薬取締局の職員のワトソンと彼のガールフレンド、アイリーンが引っ越ししたテキサス州のサンアントニオを訪れることにした。彼には、私がブルース・ジャムセッションで受けて有頂天になっていた時に、お前日本のスパイだろう言われ、マリファナも酒も入っており気が大きくなって、「はい」と答えたのは、前述した通りだ。


 先にチケットを押さえたので、訪ねに行きたいと電話で聞いたら、その一週間は、ワトソンはフォートワースで仕事があるとの事であった。これが、また、彼らに私のスパイの疑念を抱かせた。ワトソンがいない時に何をするのかという訳だ。ロサンゼルス経由でサンアントニオに到着して、ホテルにチェックインした夜、アイリーンが主催するパーティーへのお誘いがあった。


 行ってみると、彼女の両脇は、元空軍のパイロットと元アメリカ海軍のそれも元特殊部隊の隊員のエドワードで固められていた。パイロットの方は、私を睨んでいた。私の椅子の隣には、男が座った。私が、一人でオレンジジュースを飲んでいると、男が真っ赤な顔をして「トーク!」と大声を出した。お前は、一体日本で何をやっているんだと聞く。それで有機農業の研修をしており、日本の長野県でブルーベリーを作ろうと考えていると答えた。彼も元軍人の聞き役だったのかもしれない。


 次の日は、アイリーンが手配してくれたワイナリー・ツアーに参加させてもらった。エドワードが車でホテルまで迎えに来てくれると言うので、ホテルのエントランスの外のベンチに座って待っていたら、慌ててやってきた。受付に聞くと私がもうチェック・アウトしたと言い、ロビーを探してもいない、それで焦ったというのだ。私は、今夜からワトソンの家に泊めてもらう事になっていたためチェックアウトしていたのだが、彼は玄関から離れたところに車を置いてホテルにやって来ていたため、私がスパイ活動に出たと勘違いしたのだと思う。


 ワイナリー・ツアーは面白かったが、私は当時酒をやめていたから飲まなかった。これも、またスパイの疑念を持たせた。軍人と言うのは、作戦中に絶対酒を飲んではいけないようだ。ツアーのお店では、花の種やジュースを買ったりしていたのだが、帰りのバンの中で私はビールを飲んだ。そうすると、エドワードが「おお、彼は、飲んでいるぞ!」と言って喜んだ。


 そして、翌日は、アイリーンがブランチの出る教会へ連れて行ってくれた。牧師が、この中で戦争に行った人は、手をあげるように言った。数名が手を上げて、その中には元パイロットが含まれていたが、なんとも得意げな顔をしていた。そして、牧師は、彼らに賞賛をと言った。


 ブランチは、カーボーイ・ハットを被った高校生くらいの女の子が、お皿を料理に取り分けてくれた。私は、牛肉は要らないと言うと、「いらないの?変な人」と言われた。私は、当時ヴィーガンだった。牛肉を食べなかったのは、飼育の過程が悲惨である事と屠畜が残酷だと思うからだ。この思いは変わってはいない。


 ブランチの途中から、白いスーツを着た黒人ばかりバンドの演奏が始まった。面白かったのは、ギタリストが、ソロで、優しく一音、一音をファッー、ファーファーと信者の頭に降り注ぐように弾いた事である。こんなソロもあるんだなと感心した。


 ブランチが終わって、お土産屋さんの入り口の左にある椅子に座っていると、後ろに何とも得体のしれない雰囲気を出している若くてサングラスをかけてベースボール・キャップをかけた奴がいた。そうすると右に座っていた、元パイロットが、私を見てサンアントニオはどうだ?と聞いた。気候も良いし、最高ですねと答えた。しかし、あいつは何だったんだ。恐ろしい。


 滞在の最終日、ワトソンがフォートワースから帰って来た。空港まで車で送ってくれると言う。ただ、寝不足なので、少し寝たいとも言う。二時間ほどして彼が起きた。すると、お前この一週間、何をやっていたんだと疑いの眼で言う。何って、ですよ。もう、勘弁してくれ。

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