第21話 パニック障害を発症


 買春ツアーのオッサン達の世話をした直後、私はコミュニティカレッジを卒業した。しかし、同時に交通事故に遭ってしまったのである。タクシーに乗っている際に、後ろから衝突されて腰と背中をしたたか打った。


 医者に行ってレントゲンを撮ってもらうと、ストレート・ネックになっているので筋弛緩剤を渡され、絶対安静にするように言われた。しかし、生活費が少なくなっていた私は、安静せずに働いていた。


 私は、交通事故の後遺症からか、ものすごくイライラしていた。そんな中、二か月ぶりに休みをもらえることになった。熟睡していたのだが、朝、事務所から支給されていたポケベルが鳴った。一体、何なんだと思って連絡を入れた。


 すると、社長がグランド・キャニオンに大型バスで行ったのだが、マンダレイベイ・ホテルのツアー客をピックアップし忘れて出発したと言う。そして、社長は、途中のお土産屋さんで待っているから、私にそこまでツアー客を連れて行ってもらえないかという指示であった。


 「何をやってるんだ、何を!」と思いながら、私はしぶしぶ、マンダレイベイ・ホテルへと向かった。ツアー客のカップルは案の定怒っていた。  


 「お待たせさせてしまい、申し訳ありません」


 「一体、お前のところの会社はどうなっているんだ!」


 「今回は社長がガイドをしていたんですが、申し訳ありません。実は、私は2か月ぶりの休みだったんです。それで朝寝ていたら、急に会社から連絡が入ってきて。それであわててアパートから会社に行って、バンを運転してきたんですよ」


 「それで?俺だってガテン系で、厳しい仕事をやっているんだ」


 「そうですか。お客さんも大変ですね」


 しかし、こんなやりとりをツアー客と繰り返しているうちにコミュニケーションが生まれたのか、まあ、お前の責任じゃないからなと状況を理解してもらえた。


 バンを急いで運転させて着いたお土産屋さんでは、バスの前で申し訳なさそうにうつむいて社長が待っていたが、実は社長は高校時代、演劇部に所属しており「あ、これは、また演技しているな」と、私は見抜いていた。


 会社に帰って私が控室でくつろいでいると、女性のマネージャーが来てカックン、この前の男性四人組のショッピングの件、社長が、カックンしどろもどろになってたって言ってたよ、と言った。

 

 「何、言ってる!社長だって、しどろもどろで、あとよろしくって逃げるように帰って行ったくせに!」


 私は、頭に来た。前述した大雨のグランド・グランド・キャニオン・ツアーの危機管理の無さ。そして、今回のツアーのいい加減な体たらく。


 さらに、交通事故からくるストレス。社長は、私の永住権を取るためのスポンサーになってくれると言っていたが、この会社は辞めることにした。そして、私はこの会社に仕事を回している旅行代理店で働けないかどうか打診してみた。


 高橋君の大学の先輩で、安西君という私と同い年の人が、仕事を発注していた旅行代理店でアルバイトをしていた。彼も会社で働きながら、大学で会計学を学び公認会計士を狙っていた。そして、高橋君に頼んで安西君と居酒屋での会食をセッティングしてもらった。安西君に、社長の話をすると笑っていた。


 彼は、私の今までの経歴を聞き、会社に面接に来たら良いですよと言ってくれた。そして、私が面接に行くと、マネージャーが出てきて雑談をしただけで、簡単に仕事が決まった。事務所に帰って、社長に辞意を伝え仕事を回している旅行代理店で働くことを伝えると、彼は驚いていた。


 こうして、私は、旅行代理店でオペレーションと呼ばれるお客様相談係に配属された。仕事は単純で、例えば、ある店でお土産を買ったがお釣りを返してくれないのだが、どうしたら良いのだろうかとか、カメラを落としたのだがどうしたらいいのだろうとか、ホテルの部屋のカードを無くしたのだが、どうしたら良いのだろうかとか。


 お釣りを返してくれないは、現場にいないのでどうしようもないが、その他の相談は難しいものではない。しかし、電話が、ひっきりなしにかかってくる。その度に、処理していたのだが、私は一方で、なんで、こんなことが自分たちで、解決できないんだと頭に来ていた。


 そんなある日、私は強烈な頭痛を起こした。そして、脳出血が始まったような錯覚にとらわれるのである。すぐに病院に行った。すると、医者はそれはパニック障害であると言った。そして、抗うつ剤であるプロザックと痛み止めが処方された。


 ただ、痛み止めは一回につき一錠まで。あなたは、真面目そうだから出すれけど、二錠飲むとフワーっとなるから飲まないようにと言われた。麻薬みたいなものなのだろう。抗うつ剤を飲んで仕事をしていたが、あまり効果がなく痛み止めを主に使用していたのだが、一度、仕事中に痛み止めを切らしていた時に頭痛が起こった。


 すぐに医者に電話し、薬局で処方されるように彼は手続きを取ってくれたが、頭痛は続き運転は困難であった。こんな強烈な頭痛と付き合いながら仕事はできない。帰国だ。そう考えた私は、この旅行代理店も辞めてしまった。


 少し、家で静養していたのだが、私のアパートにケリーと彼女のボーイフレンドのジャックが見舞いに来てくれた。すると、ジャックが「カックン、頭痛には強いウィスキーが効くぜ」と教えてくれた。それも、そうだなと思い、私はアルコールに手を出すようになった。

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