第6話 ギタリストの是方博邦

 高校の卒業前に、私は母親に大学には行かないと宣言した。もう、椅子に座るのが嫌だからだったからである。母親は、今の時代、大学に行かないでどうするの!と怒った。にらみ合いが続いたのだが、女性と喧嘩するのも何だなと思い、大学受験したが、全て落ち、浪人生活を送ることになった。


 ちょうど、その頃、ピンク・フロイドを紹介してくれた小谷から、「なあ、カックン、ブルース・スプリングスティーンが、大阪に来るから見に行かへん?」と、お誘いがあった。私は、スプリングスティーンのアルバムを持っていたし、MTVで、ダンシンング・イン・ザ・ダークやボーン・イン・ザ・U.S.A.を録画して熱心に見ていた。


 大ファンだったのだが、スプリングスティーンが、大阪に来ることは知らなかった。それで、「おお、行こう」と即決した。もっとも、スプリングスティーンのコンサートの印象があまり残っていないのが、残念である。今となれば、私が最高に好きなドラマーのマックス・ウェインバーグに注目できたのだが。


 それと同じ頃に、世界中のロック・ミュージシャンが集まって、アフリカの飢餓を救うためのチャリティー・コンサート、ライブ・エイドが、テレビで生放送された。印象に残っているのは、エリック・クラプトンの「愛しのレイラ」と矢沢栄吉の「苦い雨」である。


 このコンサートを見て興奮し、私は「コレだ!」と思った。そして、予備校では寝て夜はギターを練習していた。冬に高校で漫才コンビを私と組んでお笑い芸人を目指していた藤吉が、帰阪し家に遊びに来た。彼は、現役で難関の筑波大学に受かっていた。現在は、紆余曲折を経て医療の最先端で活躍している。


 「お前、勉強やってんの?中国の明が、始まったの何年?」


 「…………」


 「お前こんなことも分からんのか!」


 「…………でもギターは練習してるで」


 「お前なあ、浪人生の本分は勉強やろが」


 「…………」


 「開いた口がふさがらんわ」


 「まあ、そう言うなや。俺のギター聞いてくれ」


 そう言って彼に私のギターを聞かせた。すると彼は、


 「うーむ」


 と言って、一応私のギターを認めてくれたようだった。


 眠いだけの浪人時代だったが、ただ、一コマだけ興味を持って受けていた授業があった。現代国語である。担当の元森先生は、韓国へ旅行したことやアメリカへ滞在していた時の様子について話してくれた。


 特に韓国は、下関から出航している釜関フェリーで行けば、5万くらいで足りるから、スキーツアーに行くお金があれば、韓国へ行ってくれば?という話をしてくれた。私は、高校の時に、イスラエル、アイルランド、韓国、アメリカ、いずれも、危険な国を旅したいという想いを持っていたので、まずは、近いところで韓国が良いと考えるようになった。


 そして、もう一つ、ライブエイド級のすごいことが、待ち受けていた。ヤング・ギターという月刊の音楽誌があるのだが、そこにギタリストの是方博邦の新しいアルバム、「リトル・ホースマン」の広告が掲載されていた。


 是方は、ものすごくハンサムなのである。失礼を承知で書くと、私は、どうせ、外見だけで売って、音楽の中身はともなってないんだろうと思っていた。しかし、貸レコード屋で軽い気持ちで借りたレコードの一曲目から、今まで聞いたことのない熱いブルース・フィーリング溢れるギターを聞き、ぶっ飛んでしまったのである。


 この年は、御巣鷹山の日本航空機事故が起こり、アメリカのスペースシャトルチャレンジャー号爆発事故も起きた。また、関西のプロ野球、阪神タイガースが21年ぶりに優勝し、若者が大阪ミナミの道頓堀川に飛び込んだ。

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