第7話 うつの始まり

 大学は、数校受験したが、関西大学の経済学部だけに受かった。要領が良かったわけではない。本当に授業は寝ていたのだから、まさしく奇跡であった。そして、時代はバブル経済が真っ盛りだった。ジュリアナのお立ち台では、ボディコンの姉ちゃん達が扇子をヒラヒラさせながら踊っていた。私は、その姿を週刊誌の写真で見て、バカじゃないの?と思っていた。


 登校の初日、門をくぐり抜けたところで、空手部の先輩から勧誘を受けた。しかし、私は、あの少林寺拳法部でのハードなトレーニングが空手部にもあると考えて断った。私が、空手部を断ったのは、もうひとつ理由があった。それは、軽音楽部に入って、エリック・クラプトンのような音楽をやりたいからだった。


 しかし、今になって思えば、クラプトンのルーツであるブルースを演奏するべきだったのだが…。この時に、大阪のバーで開かれているブルース・ジャム・セッションを知っていれば、私の人生は、大きく変わっていたかもしれない。


 校内に軽音楽部は、ふたつ、みっつあったのだが、適当に決めて入った。私は、ギターをやりたいと新入生に伝えていたので、「カックン、ギター、ツインやけど一緒にやらないか」と声をかけてくれたボーカルがいた。このバンドは、確か、女性が二人いたと思うのだが、アン・ルイスのコピーバンドであった。


 頼むわ、勘弁してくれ、こっちはクラプトンやねんと思いつつも、なんとなくスタジオに入るのであった。しかし、何度か練習する日をすっぽかしてしまい、これはさすがに悪いなと思い、謝ってこのバンドはやめた。


 次に、お声がかかったのは、ギタリストからだった。フレッシュマン・コンサートで、チャック・ベリーのジョニー・ビー・グッドをやろうと思っているのだが、ベースがいないと言う。今度は、ベースかと思ったのだが、ジミ・ヘンヘンドリックスののワイド島でのジョニー・ビー・グッドの演奏は、かなり聞いていたのでカセットを何度もかけなおして耳コピし、少しアレンジした。


 当日、ぶっつけ本番だったのだが、納得のいける演奏ができた。しかし、ギターには、ベースは動かないでくれと言われた。何を言っているんだ、別に動いてもいいじゃないか。これから、新しい音楽をつくっていくのに、型にはまった演奏をしてどうする?


 大学の授業には出ていたが、同時期に私は、ビア・ガーデンでアルバイトを始めた。安い自給なのに、こんなに働かされるのかと思った。私は、ウェイターをやったが、ひっきりなしにビールと料理のオーダーが、入ってくる。団体さんが多く入ってきた時には、急いで十人分、ジョッキをもって運んで行く事もある。


 必死の形相で運んでいたのだが、あるお客さんに、大学生か?どこ行ってんねんと聞かれた。関西大学ですと答えると、お、ええとこ行ってるやん、ビールは笑顔で運んで来るのがええんやでとアドバイスされた。


 「じゃあ、もう一杯オーダーするから、今度は笑顔で運んでおいで」


 「分かりました」


 そして、もう一杯、笑顔でジョッキを運んでいくと、


 「そうそう、その笑顔」と、喜んでもらえた。


 このアドバイスは、貴重だった。接客業は笑顔で決まる。ほとんどのミスなら許してもらえると思う。


 また、働いている最中に、お客さん同士が殴り合いの喧嘩になったことがあった。私は、仕事が忙しかったので関係しなかったが、ひとりお客さんが、「ここは、みんなで楽しむところ。喧嘩なんかやめろ」と仲裁に入った。私は、なかなかカッコいい人だなと思った。


 ビア・ガーデンの営業が終了すると、店長、支配人、アルバイトで毎晩宴会をやっていた。これは、冷蔵庫のある樽から一階上の注入口までのチューブに入ったビールを衛生上、翌日に処理せねばならず、それならもったいないから飲もう、また、料理も翌日までに処理するものは、食べようという理由からである。


 また、この夏は、利益が十分出たのか店長に友達にどんどんサービスしてあげてもいいよ、タダで良いからと言ってもらい、幼馴染の守と彼の恋人の麻美を呼んだ。それで、最初だけ彼らにビールと料理を注文してもらい、どんどん、ビールを飲ませた。どこまで飲むかなこいつらと思いながら、また、ビールを持って行くと「もういい、もういい」。


 ビア・ガーデンで働いた給料で、自動車の免許と中型バイクの免許を東北に合宿で取りに行った。車よりも、バイクに興味があった。映画ランボーの刑務所からバイクを走らせて逃げるシーンに大きく影響されていたのだと思う。この映画は、心を病んだアメリカ陸軍特殊部隊のベトナム帰還兵ランボーが、怒りを爆発させてしまうという映画なのだが、私はひどく心を打たれた。


 Wikipediaから、引用する。


 🔶🔶🔶                


 『ランボー』(原題: First Blood)は、1982年のアメリカのアクション映画で、『ランボー』シリーズの第1作である。


 『ディヴィッド・マレルの処女出版小説『一人だけの軍隊』の映画化作品であり、社会から孤立したベトナム帰還兵ランボーと、たまたま街を訪れた流れ者というだけでランボーを排除しようとした保安官との戦いや、ランボー自身の独白を通して、「ベトナム戦争によって負ったアメリカの傷」が描かれている。


  本作によりスタローンは当たり役の一つを得て、『ロッキー』に続くキャラクターイメージを獲得し、アクションスターとしての地位を不動のものとした。本作は単なる娯楽追求のアクション映画と異なり、現実のアメリカのベトナム帰還兵の姿と重ね合わせたストーリーとなっており、非常に重いテーマの作品となっている。


🔶🔶🔶


 この映画は、高校時代に少林寺拳法の同期と見に行った。ところで、バイクは、すぐにヤマハXJのを10万で買ったが、友人が譲ってほしいと言うので、彼に10万で売った。そのカネで塾の先生から、ヤマハのモトクロスXTを10万で手に入れた。ただ、売った友人のバイクが一週間後に盗まれてしまい、これは、悪いことをしたな、二、三万は返そうかとと思ったのだが、返さなかった。


 私は、大学でも授業中は寝ていたが、田原という基礎経済学部のクラスメートの友人ができた。彼は、工場の警備員のアルバイトをしていた。宿直の日、警備室には布団、食べ物、教科書を持ち込み、工場内の点検は行わずに、帰宅して無線で、「田原警備士、本日異常ありませんでした」と報告していると自慢げに言う。かわいいやつだなと思い付き合いが始まった。


 ある日の午後、田原と幼馴染の守とで、私の部屋で談笑していた。すると、玄関のドアがガーンと開き、ドドドッという音とともに、私たちの部屋に突進してくる何者かがいた。何だ?と思って部屋のドアを開けると、酒で真っ赤な顔をした奴に、いきなりボディブローを一発くらった。


 父親が仕事で使っていた奴だった。そして、こいつは空手を昔稽古していた。玄関から父親が中の様子を覗っていた。私は、まだこの頃、腹筋などをしていたから、痛いとは思わなかったが、殴られた私を見て、親父は殴った奴と顔を示し合わせて、ニヤリと笑っていた。


 酒を飲んでいる奴を殴っても拳が汚れるわいと思い、憤懣ふんまんやるかたなく座布団に座り、腕組をしていたのだが、こいつは、勝ち誇ったように、ドアの入り口に仁王立ちして、我々を睥睨へいげいしていた。守は、怯えて後ずさりし、また、彼らが出て行った後、田原は、「一体、なんやねんアレ!?」を繰り返した。ドアを開けた私が馬鹿だった訳だが、高校で少林寺を稽古していた事を知っている守と田原への面目が丸つぶれになった。


 夜、帰宅した父親に、今日の午後のアレは何だったんだと聞いた。

 

 「アレは、空手と少林寺拳法とどっちが強いか試したんや」


 「不意をつくなんて、フェアじゃない。あいつの名前は?」


 「…………」


 「なんで、聞こえないふりをしているんや?」


 「いや、友達なんや」


 「友達やのに名前知らんのか?」


 「…………」

 

 少林寺拳法を稽古していた息子には勝てないから、空手に殴らせる。また、殴る方も殴る方だが、一体、何という親父だろうか。暴行罪の教唆である。ただ、父親は、私がアルバイトで勉強をおざなりにしていた事に、腹を立てていたふしはある。


 実は、おざなりにしていたのではなく、経済学部には、たまたま、受かっただけで勉強が難しすぎた。私は、実は文学部で日本の小説をやりたかったのだ。中学時代、日本の小説を塾長にすすめられて、太宰、第三の新人、野坂昭如、藤本義一を結構読んでいた。また、私は、アルバイトを通じての社会経験の方が、大事だと思っていた。


 アルバイトは、肉体労働系を選んでいたが、これは私の運動神経をキープするとともに、社会の底辺にいる人たちが、どんな思いをして働いでいるのを体験したいからでもあった。それは、関西では一応名の通った大学を出れば、会社に就職してもう肉体労働とは無縁になるだろうと思っていたからだ。それがそうとは、行かなくなる訳だが。また、この頃から私は自分がみすぼらしく思えるうつ病を発症していた。

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