モノローグ

シュレディンガーのうさぎ

第1話

この世界では、自分の作ったオリジナルキャラクター(ウツシミという)を操り、物語を作る人たちが増えていた。

最近は作るだけで飽き足らず、それらを『強い』、『可愛い』、『面白い』、『ストーリー性がある』などの様々な観点から評価し、優勝を目指すコンテストが開催されていた。ウツシミを作る人々はそれに優勝するのを目標に、日々物語を作っていた。


この物語の主人公も自分の言いたいことを代弁してくれるウツシミを作り、優勝を目指していた。

自信を持って作ったウツシミたち。自分にとって最も優れているウツシミたち。

主人公は彼らをコンテストに送り出した。

しかし、人は主人公の望んだ評価をしてくれなかった。

ウツシミ同士を身内で可愛がり、その中で優越感に浸るような人間にはなりたくない。

人気の高いウツシミを作る人たちを覗いてみたけれど、そのハイテンションなノリにはついていけない。

(どうしてあの人たちのウツシミが評価されるんだろう?絶対に私のウツシミのほうが魅力的なのに)

主人公には、もてはやされている他の人のウツシミがとても魅力的に見えて仕方なかった。


コンテスト優勝候補のある人は、鬱系のウツシミを作っていた。主人公は自分の作風とは違うが鬱系が結構好きなので、他の人同様そのウツシミに惹きつけられていた。

最初はその人が好きだったが、素敵なウツシミと物語を作るその人に段々嫉妬するようになった。

その人のウツシミはどのキャラも人の心をよく惹きつけ、物語の雰囲気も独特で、ファンによる二次創作も多い。もちろん主人公もそのウツシミたちが好きで、二次創作を描くこともあった。

少しでもその人のウツシミの魅力が欲しくて、そのキャラに似たウツシミを自分で作るようになるが、それはパクリ(最大の禁忌)になってしまう。けれど、その人のウツシミが素敵で自分のものにしたくて仕方なかった。

次第にその人のウツシミが憎く、(私が先にそのウツシミを出せればよかったのに)とさえ思えてくる。

その人のウツシミや物語の悪いところを探す自分が嫌になってくる。また、そんなことを思うまでに自分の心を奪うそのウツシミがさらに嫌いになってくる。


あるとき、何もやる気が起きず、涙で歪む視界で天井を見上げていた主人公は考えた。

(何故私はこんなに苦しんでいるのだろう?コンテストに出る前は、あんなに晴れやかな気持ちだったのに)

(そもそも私は何故優勝したいんだろう?優勝して人気になりたいから?それともちやほやされたいから?)

(違う、誰かが熱狂的にはまり込むほど、人の心を狂わせたいほどのウツシミを、物語を自分が作りたいからだ)

でも、魅力的なウツシミを作るために何をすればいいのか分からない。頭の中は優勝候補の人のウツシミと物語だけが支配している。

誰よりも人を惹きつけるウツシミを作りたい夢ばかりが先に立ち、結果がついてこないことにやきもきする毎日が続いた。


あるとき、ふと後ろを振り返ったときに、自分が1から作り上げたウツシミたちが自分を見つめているのに気づいた。

「そうだ、私には彼らがいたんだ」

"本当の"自分の心を代弁してくれるウツシミ。彼らは主人公が望むほど多くの人を惹きつけることは出来なかった。けれど、たとえ多くの人を狂わせようとも、そこに『自分が本当に言いたいこと』がなければ、それは空虚な人形でしかないと主人公はそのとき気づいたのだ。

主人公は途中で描いたウツシミをすべて消し、最初からいた彼らをコンテストに出すことに決めた。

優勝は出来なかった。賞にも入らなかった。その場にいるほとんどの人が、優勝者に拍手を贈り、主人公のウツシミなど一つも覚えてはいなかった。

しかし、誰が優勝したかも、その時の主人公にはもはや興味がなかった。


授賞式後、ある人が主人公のもとにやってきた。

「あなたのウツシミ、皆可愛くて優しくて私は好きです。……あなたの、『当たり前のことを奇跡と捉え、大切にする気持ち』がよく伝わってきました。私も毎日を大切に生きなければと思いました。これからも応援しています」

そう言って、優しく笑った。

それは主人公にとって何よりも一番嬉しい言葉だった。主人公の本当の目的の、『誰かの気持ちに揺さぶりかけること』が出来たのだから。

主人公は、自分の言いたいことを人に伝えるために今日もウツシミたちを動かしていく。そして、もう一つ、もし優勝することがあったら、その優勝トロフィーを粉々に打ち砕くために。

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