【二十一】虚構の推理

「何よりも第一にお伝えしたいのは」


 皆さんに聞いていただきたいことがあります。と全員の注目を集めた多古島は、静かに語り始めた。


「霊山さんは無事だということです」

「なんでそんなことが言い切れるんですか?」

「順を追って説明します。そもそもどうして、霊山さんは誘拐されたのだと思いますか?」

「置手紙に書いてあったじゃないっすか。森野さんの遺書を遂行させるための人質にしたんでしょう?」

「なるほど。では聞き方を変えましょう。どうしてその人質は、霊山さんでなくてはならなかったのでしょうか?」


 今度は、誰もすぐには答えられなかった。

 言われてみれば、妙な話だ。

 人質を取る候補は、他にいくらでもいたはずだ。体の不自由な砂金や、コールで呼び出しやすいメイドの勅使河原姉妹、身体の小さな多古島だって、その対象に入らない理由はない。

 霊山は八人の中で、最も犯人のことを警戒していた人間だ。施錠についてだって、何度も確認していた。


「そんな彼女を狙う合理的な理由は一つだけです。霊山さんは、この事件に関する重要な情報を握っていた。だから消すしかなかった」


 そこまで話して、多古島はポケットから紙を取り出した。昨晩鮎葉に見せた、霊山からの手紙だった。


「これは昨晩、霊山さんが私に渡してくれた手紙です。ここには、恐らく犯人が警戒したであろう内容が記されていました。霊山さんは犯人に妨害される前に、私に伝えることに成功していたんです」

「中には何て書いてあったんだい?」


 万知の問いかけに、多古島は首を横に振った。


「話がそれてしまうので、後でお話します。とにかく犯人は、霊山さんに証言されるのを恐れて、彼女を口封じのために誘拐しました。さて、ここで疑問が生じます。犯人はどうして、霊山さんを殺さなかったのでしょうか?」

「殺すよりも、誘拐する方が簡単だったからじゃないのかい?」

「そうでしょうか? このお屋敷は少々壁が薄く、特に客室がある吹き抜けのホール内では音が響きやすいということを、皆さんすでに知っていると思います。それなのに昨晩、誰一人として霊山さんが誘拐されたことに気付かなかった。つまり霊山さんを誘拐した犯人は、騒ぎを起こすことなく彼女の部屋に侵入することができたわけです。それなら、そのままその場で殺してしまえばいいじゃないですか」


 何らかの方法で気絶させ、どこかへ連れ去るよりも、その場で殺してしまった方が、犯人にとっては手っ取り早く安全である。確かに筋は通っているように思える。

 多古島はそのまま矢継ぎ早に言葉を続ける。


「つまりここから導き出される結論は一つ。犯人は、霊山さんを殺すつもりがない。だから今、まだ霊山さんは無事だと判断できるのです」


 しばしの沈黙の後、絵上が口を開いた。


「……お話は分かりました。じゃあ、これからどうするんすか? 黙って犯人の言う通り、森野さんの遺体を観察し続ければいいんすか?」

「いえ、折角ですので、このまま犯人を特定してしまいましょう」


 あっさりと言ってのけた多古島に、鮎葉をのぞく全員が、少なからず驚いた。


「犯人を特定って……多古島君には、もう分かってるってことかい?」

「はい。霊山さんが殺されずに誘拐されたことで、確信が得られました。さきほどのお話の続きをしましょう。私は、犯人は霊山さんを殺すつもりがない、と言いました。しかし、それはなぜでしょうか? 犯人は既に、森野さんを殺しています。殺しに対するハードルが高かったとは思えません。一人目は殺したけど二人目はちょっと……となるような人間は、そもそも一人目を殺しませんよね。ただでさえ、殺してしまった方が早い状況なんですから」


 堂々とした多古島の語り口に飲まれているのだろう。誰も異論は挟まなかった。


「ここまで話せば、もうお分かりですよね? そうです、霊山さんを誘拐した犯人は、そもそも人を殺していない。つまり、森野さんを殺した犯人とは別人なんです」

「共犯、ということか……!」


 多古島は頷いた。


「霊山さんがくれた手紙の内容を鑑みれば、そう推測するのが妥当です。森野さんを殺した実行犯と、霊山さんを誘拐した共犯者、二人は互いを知っていて、協力し合っているのです」

「この中に、二人も犯人がいるっていうのか……」


 困惑したように言って、万知はあたりを見渡した。互いが互いをいぶかしむように、視線が複雑に絡まり合う。


 そんな議論の傍らで、鮎葉は驚いていた。

 ここまでの多古島の推理は、確かに間違ってはいなかった。

 しかし、十全ではない。

 共犯がいると考えるに至ったロジックには、大きな穴があった。

 にもかかわらず、誰一人としてそれに気づかず、受け入れている。

 多古島の堂々とした声音がそうさせるのかもしれないし、あるいは霊山は無事であると信じたい、集団真理を煽っているからかもしれない。


 とにかく彼女は、バラバラだった意見をまとめ上げ、全員の意識を「二人の犯人」へと注視させたのだ。

 推理を始める前に多古島が自分に言った「絶対に口を挟むな」という忠告。

 あれは、このことを指していたのか……。

 砂金が口を開く。


「共犯となると、事態はかなりややこしくなるね。あらゆる発言を疑う必要が出るだろうし、嘘と真実の組み合わせが膨大過ぎて、場合分けをするのも困難だろう?」

「実は、そうでもないんです」


 砂金の言葉に、しかし多古島は静かに応えた。


「この事件では、森野さんを殺した犯人を特定するのが非常に困難でした。確固たるアリバイをもった人間はおらず、全員に動機が存在している。いくら証言を集めても、今この場で私の話を聞いている『誰もが』犯人になる可能性がある。

 これはそういう事件でした。はっきり言って、私はまだ、森野さんを殺した犯人を特定できてはいません」

「なんだって? それじゃあ――」

「でも、別にいいんです。


 唖然とした万知を置いて、多古島は続ける。


「だって、霊山さんを誘拐した共犯者を見つけさえすれば、後はその人に話を聞けばいいだけなんですから」

「共犯者の方は、簡単に見つかるっていうのか?」

「はい。おそらく、たった一言の質問で見つけることができます。ですがその前に、まずは霊山さんの手紙の内容を皆さんと共有しましょうか」


 そして多古島は、霊山の手紙の内容を要約して話した。

 森野の部屋で聞いた話と、舞花の証言に食い違いがあること。それを多古島に話そうとした時、舞花に妨害されたこと。

 要約を終えると、多古島は椎菜に問いかけた。


「椎菜さん。ここに書いてある内容は本当ですか?」

「……はい、。芽々さんは最近、カフェインを控えるようになられました。久しぶりに芽々さんに会った舞花は、知らなかったんだと思います……」

「なるほど。ではもう一つ聞かせてください。舞花さんはなぜ、こんな嘘をついたのだと思いますか?」


 数拍、間が空いた。椎菜はぎゅっと両手を組み、目線を下に落としていた。対する舞花は目をつぶって静かに座っていた。

 全員が固唾を飲んで見守る中、椎菜はそっと口を開いた。


「…………」

「そうですか」


 満足そうに多古島は言った。

 絵上が口を開く。


「決まりっすね。舞花さんが犯人だ。犯行時間に関する、重要な嘘をついてたんですから」

「いえ、違います」


 そうだ、昨晩多古島も言っていた。

 舞花が犯人だとすれば、用意した嘘はあまりにも中途半端だ。

 だから舞花が嘘をついた理由が分からない。そこがネックになっていたはずだ。

 多古島は、昨晩、鮎葉にした説明をもう一度披露した上で、


「そこで私は、少し考え方を変えてみました。あの嘘は自分ではなく『他の人を守るための嘘だったのではないか』と。さて、ここまで来れば、もうあと一息です。舞花さんが自分を犠牲にしてまで守りたい人物とは、いったい誰でしょうか?」

「それは――」


 恩人である森野がいない今、そんな人物は一人しかいないだろう。

 全員の目線が、椎菜に集まった。


「そうです、椎菜さんしかいませんね。ですが、どうして椎菜さんを庇うのでしょうか? 椎菜さんの証言では、森野さんは十七時二十分の時点では生きていたはずです。仮に椎菜さんが犯人だったとしても、それ以降に森野さんを殺すことは不可能でしょう。万知さんの部屋を訪れたことは間違いないですし、その後は厨房にいたと証言しているのですから」

「だとしたら、答えは一つだろう」


 砂金が言う。


「椎菜さんは嘘をつくことができる。これで全てが解決するはずだ。実際にはその時間に、森野さんは死んでいたんだ」

「残念ながら、その説明では四十点くらいです。前にも話題に挙がった通り、椎菜さんは嘘をつけないと考えるのが妥当です。どんな不利な状況でも真実を喋ってしまうのだと、他でもない、殺された森野さん自身が証言しているのですから」


 絵上が眉をひそめた。


「なら、どうして……」

「さて、ここで重要になってくるのが、森野さんが私たちに残した宿題です。皆さん、覚えてらっしゃいますか? 森野さんは生前おっしゃっていましたよね。『死について最も重要な事柄について話しましょう』と。万知さん、森野さんは一体、どんなことを話すつもりだったと思いますか?」


 万知は腕を組んで考えた。


「そういえば、すっかり忘れていたな……。芽々君があんなことを言い出したのは初めてだったから、あの時は気になってたんだが……。ふむ、死について最も重要な事柄……。普通に考えれば、やはり死の本質について、とかかな?」

「死の本質。確かにそれも大切なテーマです。しかし私たちは、このお屋敷に来て以降、死の本質については度々話題に取り上げてきました。死とはなんであるのか。ある時は死と向き合ってきた人類の歴史を振り返り、またある時は人の内面を掘り下げて、多種多様な議論を交わしてきました」


 多古島は椅子から立ち上がり、饒舌に語りながら話し続ける。熱を帯びたような演技をして、巧みに移動する。


「しかし、森野さんが話したかった内容は、恐らく違います。もっと原初的で、根源的な、死にまつわる重要な話。私たちは、もっと早く、その内容について話すべきだったのでしょうね」


 万知は両手を挙げた。


「降参だよ」

「そうですか。恐らく万知さんは、誰よりも深く死について研究しているがゆえに、見落としてしまっているのかもしれませんね……。

 さて、準備は整いました。これでようやく、犯人を見つけるための、たった一つの質問を投げかけることができます」


 そして多古島は、椎菜の正面で足を止めた。


「それでは椎菜さん、聞かせてください」


 彼女の目をまっすぐに見据えて。

 問いかけた。



「森野芽々さんは、今、?」



 うるさいくらいの静寂が訪れて。

 誰もが答えを待ち望む中。

 勅使河原椎菜は、多古島の目を見返して、応えた。



「はい、


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