【二十】転機
霊山がいなくなったことに気付いたのは、翌朝九時ちょうど、ダイニングホールに全員が集まった時のことだった。
昨晩夜遅くまで多古島の推理に付き合っていたため、少し寝坊してしまった鮎葉が九時五分にダイニングホールに駆けこむと、霊山と舞花を除く全員が揃っていた。
どうやら、舞花は霊山を呼びに行ったらしい。
昨晩の多古島の言葉を聞いていた鮎葉は、舞花が帰ってくるのを、固唾を飲んで見守った。
数分後、舞花が慌ただしく戻ってきて、言った。
「あ、あの……。部屋の中に、こんな書置きが……」
手には一枚の紙が握られていた。
筆跡を特定させないためだろう、定規で書かれた機械的な文字で、こう書かれていた。
『森野芽々の遺書を正しく遂行せよ。そうすれば彼女に危害は加えない』
舞花の話によると、霊山の部屋の鍵は開いていたらしい。
部屋には彼女の荷物が一式残されており、浴室や手洗い場、屋敷周辺の庭も探したが、姿は見えなかったとのことだった。
「霊山さんを探しましょう」
最初に口を開いたのは絵上だった。
「それか、警察に連絡を入れましょう。彼女の身に何かあってからじゃ遅いでしょう」
「落ち着こうか、絵上君。犯人は芽々君の遺書を正しく遂行しろと言っているんだ。つまり、今日の十八時までは警察を呼ばず、芽々君の死について語り合う。そうすれば、霊山君は解放されるんだ」
「そんなの信じられますか? 部屋から連れ出すときに危害を加えてるかもしれませんし、どこかに監禁されて衰弱してるかもしれない。こんなことするやつの言うことなんて、信じる方がどうかしてますよ」
「しかし、絵上君。少なくとも私たちが一緒にいれば、霊山さんに危害が及ぶことはないのではないかな? どうせ残った七人のうちの誰かが犯人なのだろう? 互いが互いを監視していた方が、安心できるんじゃないか?」
「犯人が一人とは限らないじゃないっすか。主犯はこの中にいたとしても、俺たちも知らないような第三者が霊山さんの近くに待機してるかもしれない」
舞花が口を挟む。
「だ、だったら尚更、犯人の言う通りにしなくちゃいけないんじゃないですか? 変なことをしたら、水木ちゃんが危ないんじゃ……」
「私も舞花さんの意見に賛成だな。むしろ、どうしてこの状況で霊山さんが誘拐されたのか、犯人の目的は何なのかについて考える方が有意義だとは思うが……。しかしそれは、森野さんの遺書を遵守していないから、犯人の怒りを買ってしまうのかな? ふむ、判断が難しいところだね」
霊山が失踪したこと、そして残された遺書について意見を交わす中、鮎葉は多古島を壁際に引っ張っていき、他の人には聞こえないような小さな声で囁いた。
「おい。お前の言う通りになったんだから、そろそろ話し始めたらどうだ。このままだと収拾がつかなくなりそうだぞ?」
「そうですね。最後の情報もそろったことですし、そろそろ推理に移りたいと思います。ですがその前に、先輩に相談したいことがあるんです」
「いいけど、手短に頼む」
「今、私の中には二つの解決策があります」
多古島は人差し指と中指をピンとあげ、一本ずつ畳んでいく。
「一つは、丁寧に丁寧に、時間をかけて犯人を特定する方法です。敷かれた伏線や全ての謎を詳らかに明かして、あらゆる謎を解決します。素晴らしく探偵っぽいです。ただしその過程で、予期せぬ事態が発生する可能性があります。もしかしたら、人が死んでしまう、なんてこともあるかもしれません」
「なんだよそれ……めちゃくちゃ物騒じゃないか」
「もう一つは、最速で解決する方法です。マジで秒です。速攻でケリがつきます。その代わり、いくつかの謎は置いてけぼりになりますし、回収もされません。必要とあらばハッタリもかまします。正統派の探偵とは言い難いですね。どっちかと言えばペテン師に近いです」
「人は死ぬのか?」
「先輩が私の言う通りに動いてくれれば、大丈夫です」
どっちがいいと思いますか? 多古島が問う。
鮎葉はため息をついた。こんなの、実質一択じゃないか。
段々と議論に熱を帯びてきた他のメンバーたちをちらりと見やり、鮎葉は選択した。
「最速で頼む」
「さすが先輩です。それでは、推理を始めましょう。ああ、それと。最後に一つだけお願いです」
「なんだよ」
多古島はにっこりと笑って言った。
「私の推理にはぜーったいに、口を挟まないでくださいね?」
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