6−5「飢餓の果てに成るもの」

 村が飢饉で滅んだ後、土地開発が進み民間経営のパーキングエリアができた。

交通の便も良かったためそこは繁盛し、当時はフードコートも充実していたのだと先生は言う。


「でも、それからしばらくしないうちにフードコートで行方不明者が出るようになってね。警察の捜査が入るもわからずじまいでどんどん評判が落ちていって、今、君たちが見たように廃墟となってしまったんだ」


 だがこの辺りでの行方不明者は年々増え続けていき、一昨年、会社に委託調査の依頼が入り、ここを管理することになったのだという。


「調査の結果は見ての通り、あの店内に存在しているが客を呼び寄せることが分かったんだ。呼ばれた客は店の食べ物を食べることで異質な存在の仲間入りをし、次の客を寄せていく。そのサイクルであの場所は成り立っているというのがこちらの見解だった」


 …では、結局あの店にいるのは何なのか。


 すると先生は一瞬話を止め「話してもいいけど、これで小菅くんが今日の夕飯が食べれなくなっても嫌だしなあ」となぜか悩ましげな口調になる。


 でも、知りたいものは知りたいし主任も「いいよ、言っちゃえ先生」となぜか先生を煽っていくスタイルを取る。


「うーん、じゃあ話しちゃうけど、小菅くんは今日の清掃をするときにインカムをつけていたよね?監視カメラを見ながら指示を出す僕らの声を聞くために」


 僕はそれを聞いて頷く。


 …そう、今日の清掃は撤去班から出された指示の範囲内で行われていた。

 普段行わない清掃方法に、僕はどこか訝しみつつも作業をしていた。


「でね、なんで画面を見て指示を出すかっていうと、あの監視カメラで見る景色と、小菅くんたちが見ていた店内の景色が違うからなんだよ」


(…?)


疑問に思う僕に、先生は答えにくそうに言った。


「実は、あの室内に入ると認識能力が書き換えられてしまうんだ。本来無いものがあるように見え、本来その場にあるものが見えなくなる。小菅くんはただ室内清掃を行っていたと感じていたようだが、それは違う。撤去班が大方を片付けた、さらにその後始末として床掃除をしていたんだよ」


 インカムの向こうでは「右、二歩ほど前」など単調な指示が出ていた。僕は、それを特に疑問に思わず普段よりも綺麗な室内だと感じながら清掃をしていた。


 …でも、それは違っていた。


「君はその一端を見ているはずだし、話してもいいかと思ってね。フードコートのドアの前で足を止めていた時、君は室内の本来の姿を見ているはずだから」


 …僕はあの時の事を思い出す。


 鼻をつく硫化水素の匂い、角の生えた女性、洞窟のような場所。

 あれが、フードコートの本来の姿であり…


「あの場所で彼らは常に飢えている。そして客を入れることで空腹を満たし仲間を増やす…もちろん、客が幸福なのは最初だけで、そのあとはさらなる飢餓感に苦しむしか無いのだけれど」


(…?)


 女性の食事風景を見ていただけに、先生の言葉に僕は疑問を感じる。

 それに応えるよう主任がこう付け加えた。


「先生は言っていたでしょ?あの場所では認識能力が狂わされる。だから、彼女が食べたものはオムライスじゃない。彼女の認識が小菅くんに共有されて、そう見えただけ。彼女は食べていたんじゃない…あの場の存在に彼女は食われていた。だから、本当に彼女が食べていたものは…」


 その言葉を遮るように、先生は言った。


「今頃は撤去班が本来の肉体である彼女の残骸を片付けているはずだ。散らばったを片付けるのも僕らの仕事だからね。実はその前にもう一件、ドライブスルーと間違えて来たカップルがいた。小菅くんが清掃していたのは、その最後の後始末だったというわけだ」


 僕は最初にあのフードコートで清掃していた時のことを思い出す。


 綺麗だと思っていた室内。活気付いたフードコート。

 でも、撤去班が見ていたカメラにはおそらく違う光景が映っていた。


「でも、小菅くんがあの場で食事をしなくて本当に良かったよ。食べていれば、確実にあちらの世界の仲間入りをしていたからね」


 そして、先生は最後に残ったお茶を飲むとこう言った。


「…誰だって、餓鬼にはなりたくないからね」

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