6−2「パーキングに来た観光バス」

 フードコートの店員は顔がよく見えない。

 だが店内には湯気がもうもうと上がり、何かを作っている様子は見える。


 僕らはその中で黙々と清掃を続け、昼には作業の半分が終わった。

 同時に撤去班が中を確認し、僕らを含めた全員が外に出る。


 そして、撤去班の最後の一人がドアを手動で閉めると…おかしなことに先ほどまでの店内の活気はあっという間になくなり、中はしんと静まり返った。


 電灯の消えた室内。

 …先ほどまでいた、人や食べ物も一切存在しないようだ。


「ここは元々、民間経営のパーキングエリアだった。けれど不況のあおりを受けて10年以上前に閉鎖されてね。本来なら、電気もガスも水道すら通っていないはずなのに、人が来るとフードコートに店員が出てきて客に食べ物を勧めるの」


 車の中で主任はコンビニで買ってきたレタスチキンサンドにかぶりつく。


 …山中にあるパーキング。建物の周囲には、立ち入り禁止の柵が張り巡らされ、年季の入った建物の壁にはツタがところどころはびこっていた。


 コンクリートの割れた駐車場には小さなテントがいくつか張られており、行き交う救護班やモニターを監視する撤去班の様子が見られた。


「監視カメラも設置しているから、店内で社員に変な動きがあった場合はすぐに動けるようにできているの…実際、ちょっと危なかったんじゃない?小菅くんは最近ラーメンを食べていなかったのかな?まだ食べたい気分なら寮の近くにある美味しいお店を紹介してあげるけど?」


 僕は黙ってコンビニの鮭おにぎりにかじりつく…でも主任の言う通り、口の中は豚骨ラーメンが食べたくなっているので、やや物足りない感じは否めない。


「あるある。お昼前にやられたら堪んないからね。向こうもこっちの嗜好を読んでくるようだし、店内に並ぶお店も、私たちに合わせてくるのよ。私もクレープが食べたくて堪んないもの…帰りにコンビニで買ってくるか」


 そう言って、どこか物足りなさげにため息をつく主任。


(…なんだ、主任も一緒か)


 僕は少し安堵し、夕飯は主任が教えてくれたラーメン屋に行こうかと考える。


 幸い、今日はジェームズが忙しい日なので安心してラーメンを食べに行ける…いや、もちろん。彼の料理も美味しい。美味しいのだが、栄養とかバランスとか、見栄えとか、そういう点でジェームズはどうもジャンキーな食べ物には眉をひそめる傾向があり、前に僕がハンバーガーを昼食に食べているところを発見された日には正座をさせられ、健康と栄養とのバランスについて長々と説教を食らった経験があったので、その後はなるべく避けるようにしてきていたのだ。


「…うんうん、ジェームズは仲良くなったらなったで面倒だからね。いらんとこまで世話焼いてくるし、小菅くんはそれでも上手に付き合ってる方なのよ」


 そう言って、主任は同情とも慰めともつかない言葉をかけてくる。


「社員寮を管理する上層部も別の場所を用意するなりして、もう少し融通が利けばいいんだけどね。最近、各棟の寮の防犯カメラの調子が悪いらしくてね。殺人も起きているのにそのままにしているみたいなのよ。社内から来るメッセージもお互い声をかけ合うようにって連絡しかないでしょ?内部の進展がない証拠よ」


 そんな主任に僕も「はあ、そうですか…」と言葉を濁そうとするが、その言葉を言うか言わないうちに不意に目の前に大きな車体が立ちふさがった。


 それは、「観光ツアー御一行様」と表示の出された大型の観光バス。


 そして大型バスは駐車場に引かれたバス専用の駐車線に止まると、突然ドアを開け、バスガイドを始め中に乗っている人を次々と吐き出し始めた…

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