4−4「残ったのは…」
地図に従い『α』と書かれた看板の窓口に行く。
そこにはカーテンの閉まった窓の前に紙切れが1枚だけ置かれていた。
『領収書』と金額の書かれた紙。
でも、主任はその紙にすぐ手を伸ばそうとはしない。
(何をしているのだろう?)
そう思っていると主任の持つスマートフォンに文字が浮かんだ。
『どうぞ、お受け取りください』
そこで初めて主任は領収書を手に取る。
その時、後ろでギギギと何かの軋む音と共に女性の叫ぶ声が聞こえた。
「やめて、離して!諜報部に連絡するわよ…!」
グキャボギョッ
何かが複数折れる音。
見えはしないものの、僕はあのサングラスの女性の姿を連想する。
…気がつけば、額にふつふつと汗が浮かんでいた。
何でこんな場所に来てしまったのか。
僕らの背後で何が起こっているのか。
院内の様子は変わらない。
周囲を歩くにこやかな人たち。
青空に窓際に飾られた花々。
でも、この人たちは先ほどの女性を助けようともせず、周囲の異変に気づいていないかのようにニコニコとしている。
…これは、気づいていないのか?それとも故意なのか?
(こんな、わけのわからない場所で死ぬのだけはゴメンだ)
そう思った僕のスマートフォンに文字が浮かぶ。
『次の窓口は44』
浮かび上がる地図を横目で見ながら僕は主任の手に引かれ、必死に44の数字の看板を目で追う…でも、ない、別の数字や無地の看板ばかりが目の前に続く。
焦る、焦る。
(通り過ぎてしまったか?でも、後ろを見ることができないし…)
後ろから足音ともに荒い息遣いが聞こえる。
それは残った男性のものか?それとも別の誰かのものか?
(…主任に従っているが、果たして正しい道を進んでいるのか?)
疑ったらキリがない。
でも、目印となる看板が見えない以上…
その時、主任が一つの窓口の前で足を止める。
看板は無地の板が下げられ『44』とは書かれていない。
だが、窓口のレースがハラリとめくられ、白く美しい女性の手が覗く。
「お待たせいたしました。今年度のカタログになります」
涼やかな声。そして女性は1枚のCD-Rを窓口に出してきた。
みれば主任がちょいちょいと僕のスマホを指さし、画面を見る。
『どうぞ、お受け取りください』
僕はおずおずと一礼してCD-Rを受け取るとレースのカーテンは閉じられた。
その縫い目は薄くであるが『44』と読み取れる。
(…引っ掛けかよ)
内心、僕は脱力するも、スマートフォンの地図はこの位置を指しており、僕はいつしか看板ばかりを見つめていたことを反省する。
そして、スマートフォンに次の指示が浮かぶ。
『地図に従い出口に向かってください』
(どうやらこれで終了らしい…)
地図では現在地の突き当たりから左に曲がり、その先を右に曲がるとある。
その道順に僕はどこか覚えがあるものの主任に手を引かれていることもあり、そのまま一緒に角を曲がった。
…その時、不意に肩を掴まれグイッと目の前にスマートフォンが出された。
『頼むからそのカタログを置いていってくれ』
それは、スマートフォンのメモ機能。
僕の隣を歩くのは、手帳を持った帽子の男であり彼は重い足取りで前へと進みながら文字を打ち込んでいく。
『指示された目印を見失った。手帳にはカタログがないと出られないとあった。仲間の地図を読んでここまで来たのに、休憩室で手記まで見つけたのに、俺は、仲間と同じくここで死んでしまう…!』
よろよろと歩く男。
その足はどんどん鈍くなっていき…いや、違う。
男の周りから手が伸びている。
白いもの、黒いもの、穴の空いた幾人もの手が伸びていく。
それらが男の腕や足に絡みつき、男の足を鈍らせていく。
『頼む、た』
最後の文字を打ち込む前に、男は後ろへと連れて行かれ、僕は振り返ることもできずに主任に引かれて右の角を曲がる。
…そこは、僕と主任が最初に掃除をした通路。
記憶では奥にはドアが1つと左にシスターが座っていたはずだ。
だが、ドアの左にはシスターの服を着た骸骨が椅子に腰掛けており、まるで、水でもすくうかのように両の手のひらを上に向けている。
その時、僕らのスマートフォンに指示が届いた。
『お疲れ様でした。彼女の手のひらにUSBを返却し、振り返らずにドアの外へとお進みください』
主任は僕の手を離すとUSBを外し、白骨の手に置いて外へと出る。
僕もそれに習いUSBを置いてドアを開ける。そして、後手でドアを閉める時…かすかに室内でドアの開く音と共に『ようこそ中央医療教会・日本支部へ。私は案内役のシスター・村雨です』という声が、聞こえた気がした。
「…終わったわね。もう後ろを振り返ってもいいわよ」
主任の言葉に僕は言われた通りに後ろを振り返り、ぎょっとする。
ボロボロの『テナント募集中』の看板が立つ、雑草が伸び放題の空き地。
よく見れば、そこは今朝ほど通ったシャッター街であり道の端には僕らの乗ってきた車が停められている。主任はスマートフォンで時間を確認すると、大きく伸びをし、こちらを見た。
「ま、万事がこの調子だからね。いちいち機転を利かせきゃいけないし、メチャクチャ気を使ってしんどいのよね…小菅くん、次回一人で行ってくれる?」
そう言って、ニヤリと笑う主任に僕はブンブンと首をふる。
…正直、あんなところに一人で行って帰ってくるなんて無理すぎる。
主任がいたからどうにかなったようなものだった。
まるで悪い悪夢のようだった。
でも、手に持ったカタログのCD-Rは本物だ。
「よしよし、それ持って総務にいけば、3月のボーナスは二割増しになるのよ。んじゃ、出張ついでだし昼ごはんでも食べに行きましょうか…知ってる?ここって美味しい鯛めしを出してくれるお店があるのよ?」
僕は主任に運転を任せながら、半分以上閉店したシャッター街を後にする。
…中央医療教会・日本支部。
そこは日本の商店街にひっそりと建つ、得体の知れない教会であった。
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