4−2「清掃と5人」

 …清掃を始めると同時に驚いた。


 シスターがオススメするポリッシャーは床を軽くなでるだけで大小様々な範囲の汚れが一気に落ち、機械も軽いため移動時間が短縮された。


 悪趣味だと思っていた鳥型のマスクも周囲の悪臭を完全に遮断し、長靴や手袋は動きやすさに特化し、通路をわざと汚したのではないのかと疑うほどに全ての清掃用具がしっかりと個々の役割を果たしていた。


 …そして、10分も経たずに通路とその途中につながるコの字型の通路の清掃が終わるとシスター・村雨は僕らに声をかけた。


「ありがとうございました。おかげさまで随分綺麗になりましたわ。回収したしますので、清掃用具など全てこちらにお渡しください」


 僕らは教会から借りていた上着やマスクを脱ぎ、シスターに渡す。


 それらを受け取るとシスターは次に僕らにコの字の通路とその途中にある赤いドアに入るように指示を出した。


「中は飲み物などを揃えた休憩室になっておりますので、歓談などお楽しみください…ただし、スマートフォンの案内が届きましたら指示に従い行動していただくようお願いします。あと、決して机の上にある食べ物は口にしないよう…これは当教会からのお願いです。」


 そう言って頭をさげるシスター・村雨。


(…変なこと言うなあ)


 そう思いつつ僕は主任に従い、指示の通り赤い扉の中へと入る。

 …だが、休憩室に入って僕は驚いた。


 色とりどりのソファが並び、壁いっぱいに今流行の漫画や小説の詰まった本棚や大型のシアター、グラスやカップに各種お酒に色とりどりのドリンクバーなど娯楽室と言っても差し支えないほどの充実した様相になっている。


(コの字型の通路の内部って、こんなに広かったんだ)


 みれば、僕らの前にすでに5人の先客が来ていた。


 のんびりとスマートフォンをいじる指輪をいくつもはめたコート姿の老人。

 どこかピリピリとした雰囲気で酒を飲む帽子の男。

 困った様子でダンボール箱を持ってソファにちぢこまる配達員の青年。

 登山用のリュックを背負いボロボロの手帳と地図を見比べる髭面の男。

 室内なのにサングラスをつけ、近場の漫画を手に取るバイクスーツの女性。


 主任は彼らのあいだをつかつかと進むとテーブルに乗せられた、瑞々しい果物の盛り付けられた皿の横を通り抜け、ドリンクサーバーへと向かい果汁たっぷりの100%オレンジジュースを注ぐとそれを一気飲みした。


「プッハー!やっぱ生き返るわあ!今まで喋れなくって辛かったー。小菅くん、君も好きなの飲みなさい。この部屋なら自由にしゃべってもいいし」


 そう言ってドリンクサーバーで全混ぜを勧めてくる主任をやんわり断り、僕は教会オススメドリンクとポップがついたミントティーをいただくことにした。


「ええー、小菅くん。もっと冒険しないと」


 そう愚痴りつつ、主任は僕を連れて一番壁際のソファへと座る。


「さて、ここから先は私たちは客として中を回るのだけど、教会側の注文もうるさくなるから注意してね。私たちがするのは今後の契約継続に関するハンコ押しと前回分の領収書と今年度のカタログ入手。ハンコと領収書は私が担当するから、小菅くんはカタログを受け取ってね。それと私が促したら、小菅くんは私と同じ動作をするように…いいわね?」


 そこまで聞いて、僕は主任の言葉に疑問を持つ。


(…あれ?必要な物資の注文は?)


 すると主任は自分のスマホをトントンと叩いた。


「暗号化された注文票がすでにシステム管理部から送られてきているわ。教会側の端末を差し込むことによって請求書が発行されて管理部は必要な代金を教会の口座に振り込む。物資の運送も教会側が持ってくれるから、私たちは年度ごとに更新される契約書にハンコを押して領収書とカタログをもらって帰るだけなの」


(…あれ、案外単純な仕事なんだ)


 そう思った時、イライラしていた帽子の男が指輪をした老人の足にぶつかり、彼に突っかかる。


「おい、なに足出して座ってんだよ。そんな偉そうな図体して威張り散らしてんじゃねえぞ、もっとそこの兄ちゃんみたいに縮こまってんならわかるけどよお。人様の迷惑になるようなことすんなよ?」


 そう言われ、ソファに小さくなっていた配達のお兄さんがさらに小さくなる。

 すると、指輪をつけた老人が「ホッホ」と笑った。


「そんなにカッカしなさんな。どうせお前さんもこの聖地に啓示で来ているんだろう?まあ、私は選ばれし人間として、受け取るべきものを受け取ろうとしているのだから、お前さんのように何もやましいことはないのだよ」


 イライラしていた男はその言葉に「はあ!?」と余計に詰め寄る。

 そこに髭面の男が割り込んだ。


「よさないか、ここで争ってもこの先を乗り切れないぞ。周囲の状況を見極め、適切な対応で攻略しない限りここに眠るアーティファクトを手にすることは叶わない…この場で何人犠牲になっているか、君達は知っているのか?」


 サングラスの女性は何も言わないが、よく見ると本を読むふりをしながら胸元にある小型カメラを回しており、スマートフォンで随時何かを書き込んでいる…そんな中、主任はこの異様な空気の中で呑気に部屋の人数を数えていた。


「1、2、3、4、5…うんうん、シミの数とちょうど一致するわね」


 そこに、耐えきれなくなったのか配達員のお兄さんが泣きそうな声を上げた。


「どうしよう、この人たち何を言っているかわからない…」


(…ごもっともで)


 僕はこの状況の中、さらに縮こまるお兄さんに激しく同情した。

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