中央医療教会、清掃兼物資購入

4−1「商店街の中の医療教会」

「クッソー、なんでこんなに早くに当番が回ってくるかなー」


 主任は嫌そうにハンドルを切りながら、県内の商店街へと車を走らせる。平日の午前中にも関わらず、商店街の5割が閉まっており、サビの浮いたシャッターにはスプレーでされた落書きやポスターの剥がされた跡が見て取れた。


 これから僕らが向かうのは、中央医療教会という防護服や清掃用具などを販売提供している施設で、たどり着くにはこの商店街を通る必要があると僕は主任から教わっていた。


「月に一回決められた当番が現地まで行って簡単な清掃や注文を行うんだけど…私が先月出張に行っている時にかなりでかいプロジェクトが動いたらしくてね、防護服を大量入荷する必要が出ちゃったのよ」


 ひと月前といえば、旧校舎の清掃騒動を思い出すが、あの騒動以降の現地での進展をジェームズから聞いていないので、僕は何も言うことができない。


「くっそ、これもジェームズのせいか。マープルは許すにしても物資当番の時期が繰り上がるのは許せないわ。ただでさえ、あの場所は規則に規則でうるさいところなのに…あとでとっちめてやらないと」


 あの日以来、ジェームズはかなり忙しいらしく、定時には帰ってくるのだが、僕に仕事の話をしなくなり一緒の食事中にスマートフォンを見てブツブツ言っていたりと、なかなか大変な様子だ。


「まあ、社内も新プロジェクトとセキュリティ問題で板挟みになっているみたいだからね…どうも、最近になって社員のスマートフォンやシステムがハッキングされていることが頻繁になっているらしくて、人手不足もあるし、こっちもお鉢が回ってくるとは思っていたんだけれど…と、目的地に着いたわ」


 気がつくと、僕らはぐるりと木々に囲まれた白い建物の中庭に来ていた。車を降りると鮮やかな色彩のステンドグラスの窓が印象的で、人気のない玄関の横には『中央医療教会・日本支部』と手彫りと思しき文字の看板が掲げられていた。


「あ、忘れるところだった」


 言うなり主任は古風な蜜蝋で閉じられた封筒を取り出し、中を開くと近代的なスマートフォン用のUSBを2個取り出し、僕に渡した。


「これを社用のスマートフォンにつけて。医療教会から指示が送られてくるからそれに従って清掃や注文を行うの。郷に入れば郷に従え…っていうほどでもないけれど、私も指示を出せないことが多くなるから注意してね」


 主任は自分のスマートフォンにUSBを差し込み、僕も同じ様にする。


 同時にスマートフォンの画面が切り替わり『ようこそ中央医療教会・日本支部へ』という文字が現れ、ついで地図と僕らの現在地が現れ、矢印が伸びて建物の裏へまわるように指示するアニメーションが流れた。


「ま、万事こんなこんな感じね。従っていれば悪いことはないから」


 そう言って歩き出す主任に従い僕は素直についていく。


 教会の周囲の庭には花が咲き乱れていたが、パンジーやスミレのほか、なぜか季節外れの菊やラベンダーまで咲いている。


 建物の裏に着くと錆びれたドアがあり、スマートフォンには『室内はシスターの許可があるまで他言無用で』と文字が浮かぶと、仲間同士や教会のシスターと気軽におしゃべりすることは禁止だというアニメーションが追加で流れた。


(…教会ってそんなに厳しいものなのかな?)


 軋むドアを開けると、まずユリの匂いが鼻をついた。


 明滅を繰り返す蛍光灯の中、通路の奥にあるドアの左側で一人椅子に座る若いシスター。彼女はこちらを見ると膝に広げていた両手を組みながら立ち上がり、小さく会釈をする。


「ようこそ中央医療教会・日本支部へ。私は案内役のシスター・村雨です。この度は当医療教会をご利用いただき誠にありがとうございます。これから部屋の清掃について説明をさせていただきますので、どうぞ私の近くまでお越しください」


 シスターは歩き出し、通路の途中にあった両開きのドアをすべて開ける。


「清掃用具は真ん中のドアに。汚れよけに教会用の頭巾付きマントを試着していただき、付属のマスクとゴム手袋と長靴をご利用ください。汚れ取りには当教会開発の最新式ポリッシャーを用意しておりますので、今後のご参考にご利用くださいませ」


 説明するシスターに、黙々とロッカーに入っていたマントを服の上から着用していく主任。僕も同じようにマントを羽織るがついで室内を見渡した時、ユリの香りにごまさかれていた通路の様子にいささか気分を悪くする。


(…このシスター、ずっとこの場所で待っていたのか?)


 飛び散った血痕、漂ってくる腐臭。

 蛍光灯の点滅する薄暗い通路には血肉がいくつもこびりついている。


「それでは、ここと開けた左右のドアの通路をご清掃下さいませ」


 シスター村雨はそう告げると、小さく微笑んで見せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る