3−4「真実」

「こちら、産休明けのエージェント・マープル。俺の先輩で1児の母だ」


 街中の小洒落たカフェの窓際テーブル席。


 ジェームズに紹介された、筋骨隆々のリスを模したレスリングマスクの女性…エージェント・マープルは僕の手をふんわりと包み込むよう握るとこう言った。


「よろしくね」


 彼女は香水でもつけているのか、腕からはほんのり良い匂いが漂ってくるが、その実、手の大きさは僕の2倍もあった。


 ついで、サンドイッチとイチゴパフェと紅茶のセットが二つ来ると彼女は有無を言わさず僕とジェームズの席に置くよう店員に指示を出す。


「食べなさい、お昼もまだでしょうからお腹が空いているでしょう」


 空腹だった僕は恐縮しながらサンドイッチ食べ始めるが、その間にも先ほどのパフェとは比べものにもならないような大きさのバケツパフェがマープルの前にズンっと置かれた。


「ジェームズ、事の次第を説明しなさい。迷惑をかけた以上、彼にも説明を聞く権利があるんだから」


 パフェの特大プリンをひとすくいしたマープルが促すと隣に座るジェームズが縮こまりながらこう言った。


「…すまない、俺のスマートフォンがハッキングされていたようだ」

 

 最近、ジェームズは用意されていたシステム管理部からのセキュリティ機能の更新を怠っていたらしく、数日前から一部機能を第三者によって乗っ取られてしまっていたのだそうだ…聞けば、このようなことは心霊スポットに行くと度々起こるようで、会社にはそれ専用の部門が設けられているという。


「先輩と合流してすぐにシステム管理部からの電話があってな。アドレス帳への不正アクセスが今日だけで20件も俺のスマホから来ていたそうだ。メッセージ機能も乗っ取られて、妙な文が届くようになったのもそのせいだった」


(…主任の指示に攻撃性があるように見えたのはそのためだったのか)


 僕は合点がいくと同時にホッとする。


「ナビの機能も使えなくなってしまってな、行き先を地図で確認しながら昨日のうちに下調べに向かっていたんだが旧校舎前で停まった時にどうやらマーキングされてしまったらしくて…ほら、あの後部座席の手形はそのために付いたんだ。おかげでその社有車は現在検査課行きになってしまったよ」


「…じゃあ、あの子供たちは?」


 僕の声に気づいたのだろう。

 ジェームズはマープルからスマートフォンを借りると一枚の画像を出した。


「さて、ここからが本題だ」


 それは、道を挟んだ家から飛び出す1匹の大きな狛犬の像。

 だが、その顔立ちは先ほど校舎内で見た狛犬と少し違う気がする。


「これは、SNSに投稿されていた車載カメラの映像の抜粋だ。現在は投稿主の記憶もろとも記録全てを消しているが、数日前に詳しい調査が必要だという上からの判断が出て、俺たちが派遣されることとなったのさ」


 そこまでジェームズが話すと鼻先までマスクを引き上げたマープルがスプーンを振って話を続ける。


「…そこでわかったことだけれど、旧校舎からさらに1キロほど斜面を登った山道に神社の跡があった。村の文献を調べたら過疎と高齢化に伴った神社の移設工事がつい最近行われたそうなの。結果、元の神社にあった狛犬は旧校舎の中庭に。旧神社は解体され、新規で作られた麓の村の神社に御神体を移動したのが、つい一週間前のことだったのよ」


 …つまり、僕が旧校舎で見た2台の台座は狛犬が抜け出した跡だったのだ。

 でも、なんで動き出す必要があったのだろうか?


「俺たちの出した結論から言うと、狛犬は前の神社にいた頃からを追って閉じ込める機能を持っていた…だが、追い払うことや退治することはできない。ゆえに、旧校舎にいたのはその一部であって村の方では…」


 ジェームズがそこまで言った時、マープルが間に入った。


「でも、相手もジェームズのスマホを通じて会社の清掃用具の特性を知ると校舎から逃げようとしたの…危なかったわね。狛犬の足跡を消したり道具を手離していたらあなたの身にも危険が及んでいたわ」


「…まあ、その件に関しては全て俺の責任だ。本当にすまなかった」


 そう言って、頭を下げるジェームズにマープルも「ごめんね」と言った。


「私も産休でお休みしていたからね。ジェームズもエージェントになって3年めだし、大丈夫だと思って…聞けば色々しでかしてるみたいでね、悪い子じゃないんだけど…まあ、この先の大規模な封じ込めプロジェクトにも参加するでしょうし、頑張りましょうね、ジェームズ」


「…すまない産休明けなのに」


 マープルに頭を下げるジェームズ。


「いいのよ、この仕事は好きなんだから」


 腕をまくり力こぶを作るマープル。


「じゃあ、会社に向かいましょう…小菅くんだったわね。この場は私がおごってあげるから安心してね」


 洒落たバッグを肩に担ぎ、会計用紙を握りつぶすように支払いに行くマープル。

 その時、彼女のスマートフォンが振動し、マープルは「あら」と声を上げた。


「この先の県道を含めた何箇所かの道が長期道路改修工事のために今日から封鎖されてしまうんですって…上も行動が早いわ。まあ、しょうがないわね」


 そして、マープルは僕の横を通り過ぎながらポソッと言った。


「私たちが行った時、あの村には誰一人生きている人がいなかったのだから…」

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