11−2「夏祭りの少女」

 …あれは、大学2年の夏休みのことだった。


 僕はデザイン科の教授に誘われ大学近くの地元の祭りに来ていた。


 他にも数人ほど学生が同行したが彼らの目的は単位とおごり目当て。


 僕は当時は本気で漫画家になれると信じていたのでネタになるのならと教授の話を聞くために参加していたが、人混みな苦手な上に、花火が上がる頃には足も痛くなり始めたので、あいさつもそこそこに酔っぱらった教授に頭をさげると、僕は早々に帰ることにした。


「…付き合いわりーな」


「社会人になった時に苦労するぜ」


「小菅、根回しとか、まじ下手じゃね?」


 こそこそ聞こえる下心丸出しの同級生の言葉を無視しつつ、僕は人通りのない場所を選びながら帰りのバス停まで歩いていく。


 町をあげてのイベントのためか、通りには提灯の明かりが並び、屋台や開けた店内から食べ物の匂いが流れ、祭りの熱気は否応なしに増していくようだ。


 …そんな時だった。

 人通りから外れた祠の前に一人の少女が座っていたのは。


 蝶の柄があしらわれた浴衣。

 サンダルを履いた足は泥で汚れ、長いあいだ歩いていたことを思わせる。

 

 祠の前でじっとしゃがみ、両手で耳をふさぐ少女。

 その様子に一瞬、僕は声をかけるのをためらうも先に少女が口を開いた。


「…私は迷子じゃないんで、大丈夫です」


 それは、7、8歳程度の少女にしては少し大人びた口調。


 しかし、迷子だと自覚していない場合もあるので、僕はさらに声をかけようとすると彼女は大きくため息をついた。


「人付き合いが嫌いなくせに、なんで積極的に関わろうとするんですか…それに応募締め切りまでに描きあげなきゃいけない原稿もあるんでしょ?」

 

 その言葉に僕はハッとし、彼女もギクリと体をこわばらせる。


 …確かに、この時の僕は夏休みまでに応募する原稿があり、その内容も遅々として進まず気分転換がてらにこの場所に来ていたことは否めない。


 でも、なんでそれを彼女が知っているのか?

 …すると、彼女は拗ねたような顔をした。


「…気持ち悪いでしょ、私普通の子供とは違うんで。それに一定の場所に居れば迎えも来るようになっていますから心配しないでください」


 そう言って顔を落としそうになる少女だったが不意に顔を上げると「?」と、少し疑問を持ったような表情をし、ついで小さく吹き出した。


「…え?なんで?なんでそんな考えができるんですか?普通は私の話を聞いて、怖いとか、恐ろしいとか思うのに、なんでこれを面白いって思えるんですか?

いやいやいやいや…これが本当だったらネタにできるって、いやまあそんな展開になるんだったら私だって良いですけけど、ねえ…」


 その言葉に思わず僕は赤面した。


 僕の頭を一瞬よぎったのは、彼女のような子が多くの人を考えを取り持って、互いに困っていることを補い合うことで人を幸せにしていくストーリーだったのだが…どうやら彼女にはその考えが、相当面白かったようだ。


「いや…久しぶりに変な人に会ったかも。お兄ちゃん、だったらその話は絵よりも文章の方が良いよ。そっちの方がわかりやすいから、ああ、それとね私は…」


 しかし、それ以上話を続ける前に少女の表情が固まる。

 僕も背後を見て数人の集まった人だかりに気づく。


「そこにいたのか。勝手に逃げ回って…帰るぞ」


 それは、若い頃のエージェント・江戸川の姿。

 ついで、隣の男が彼に話しかける。

 

「念のため、この青年にも記憶処理をしておくか【星の村】について語られたとしたら面倒だからな」


 それが飛田の若い頃の姿だと僕は気づく。

 それに対し、白い目をする江戸川。


「…今、口にした時点で必要になったがな、エージェント・坪内」


「じゃあ、言うまでもないな」


 クククと笑う坪内。次の瞬間、僕の耳元で何かが擦れるような音がし…気がつけば、僕は貝が無数に張りつく湿っぽい倉庫のような場所にいた。

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