某船内、掃討作戦

11−1「少女邂逅」

「劇場はしばらくあの2人が管理するわ。ジェームズはおっちょこちょいだけどマープルがフォローするだろうから、そこまでひどいことにはならないでしょ…何より彼女は最近母性が強いから、撤去班の大半は彼女を守ろうと結束を固めるはずだし、大賀見でも入り込めないくらいの防御網が見込めると思うわ」


 …先ほどまでの江戸川との邂逅に主任は気づいていないようだった。


 僕は大人しく主任の話に相槌を打っていたが…午前中にカサンドラのほか本社で何をしていたか聞くと、不機嫌そうにこう答えた。


「江戸川が小岩井ちゃんに行った『甲の248番』適用について、不服申立てをしてね、その日の午前に一時的にえんの糸車を止めやがったのよ。だから止めた瞬間にあの子に不幸がどっと押し寄せてね、結果的に殺人犯とマネージャーが死んだけど、彼女もかなりの被害を受けちゃうからさ」


「補償を倍になるよう交渉をしたの」と得意げに語る主任。


 僕はなんとなく、それすら江戸川の手の内だったんじゃないかとつい言いそうになったが確たる証拠もないので、あえて何も言わないことにした。


 聞けば、主任はこれから僕と一緒に本社で喪服を借りて、翼さんの葬儀に間に合わせてくれるということだった。


「妹さんに伝えたいんでしょ?翼ちゃんの最後の言葉」


 確かに、彼女の想いは伝えてあげたい。

 僕はあのステージで聞いた彼女の言葉は本心からのものだと思っていた。

 

 その後、事は順調に事は進んでいき僕は言うべきことを伝えることができた。


「…じゃあ、気をつけてね。小菅くん」


 夕方、主任はそう言うと僕を会社の玄関先から送り出す。

 アスファルトは夏の熱気をはらんでおり、生暖かい風が頬を撫でる。


 8月の後半、間も無く会社も盆休みに入るという。

 その時、帰りがけに江戸川に言われたことを思い出す。


(…辞めるなら早いほうが良いぞ、か)


 今まで勤めていた職場でも似たような言葉はよくかけられていた。


 この職場は大変だの、適した職場に行けだの…でも、今回かけられた言葉は、それらのものとはニュアンスが違うように感じられた。


 どちらかといえばこれ以上進めば深みに入ってしまうという警告。

 この先に待ち構えているであろう存在に対する警告。


(それは、あの少女のことを指すのか)

 

 みれば、マンションの前で浴衣姿の少女がいた。

 彼女は暇そうに庭の花壇をいじっていたが、やがて立ち上がり僕を見る。


「…お兄ちゃん、今回怖い顔しているね」


 少女は僕の目の前に来るとこう聞いた。


「そういえばもう8月も下旬だね…私の名前思い出せた?」


 くすくすと笑う少女に僕は首を振る。


「最初、僕は君に会った時『お前は誰だ』と聞いた」


「…それで?」


 先を促す少女。


「僕は最近になって君とどこで会ったかをおぼろげだけど思い出すことができた…でもね、君はその時から姿、11年前に会ったはずなのに、君はまるで。だから、あえて聞きたい」


 僕は彼女を指差し…こう問う。


「…?」


 その言葉を言うと少女はニイッと笑った。


「なーんだ、じゃあ結局君も他のみんなと同じなんだね。他の殺しちゃった奴らと同じ、姿…正直、ガッカリだよ」


 その瞬間、僕の頭部に鈍い痛みが走った。


 それは、横から殴られたような痛み。

 コブシで殴られたような痛み。


 …でもおかしい、目の前にいる少女は僕の目線より下だ。

 片手を握ってはいるが、とても殴れるような高さではない。


「君も、友達以上で親友未満の人間か」


 再度叩かれるような感覚。

 ぐらつく意識の中で「…でもねえ」と少女は続ける。


「最近、面白い子を見つけたんだ、寮の社員の話から知ったのだけど…君の上司の女性。エージェント・ドグラだっけ?」


 くすくすと笑う少女。


「彼女は僕の出身地と同じ出の可能性があるんだ。これから君を撒き餌にして、それを確かめさせてもらいたいと思っている」


 意識が無くなる中「…だから、まだ死んじゃダメだよ」と、言葉が重なった。

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