8−2「逃走と走行」

 加速したはずみで僕らの体はグイと後ろに引っ張られる。


「…くっそ、何で気がつかなかったのか。里中ちゃん、今年厄年でしょ」


 ハンドルを切る主任に里中さんは目をしばたたかせる。


「え…なんで知ってるんですか?」


 目の前の急カーブを華麗なハンドルさばきでこなし、主任は声をあげる。


会社ここは、物忌みとか厄年とか以外とバカにできないのよ…小菅くん!里中ちゃんの手をしっかり握って、車から出ないようにしてあげて、会社の車は防御に特化しているけど、中の人間の行動までは制限できないの!」


 …正直、主任が何を言っているのか僕にはわからない。

 でも、追っ手という言葉に後ろを見てぎょっとする。


 黒い服を着た人々。

 こちらに向かって走ってくる人たち。

 先ほどまで手を振っていた人たち。

 

 …しかし、彼らはお揃いの服を着ているわけではなかった。


 服と思っていのたは、黒い根。

 大量の黒い植物の根が服と見まごうほどに体に絡みついている。


「早く、里中ちゃんから目を離さない!」


 主任の声に僕は隣に座る彼女の顔が青くなっていることに気づいた。

 うつむく顔からはバタバタと汗が垂れ落ち、苦しいのか胸を押さえている。


 しかも、その片方の手が後部座席のドア。

 ドアのロック部分に伸びていて…

 僕はとっさに彼女を止めようと、その震える腕に手を伸ばす。

 

 …その時、彼女の等身が縮んだように見えた。


 いや、違う。

 あのマンションにいる浴衣の少女に見えて…

 

「死に場所を探しているんでしょ?君は昔からそうだったものね…」


 蒸し暑い夏の日、花火の音が遠くで聞こえる。

 彼女はあの日と変わらない姿で、にこりと微笑んだ。

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