某峠道、山内回収作業

8−1「カーナビは帰還中に指示を出す」

 …血まみれの頭部がドアのあいだに挟まっている。


 顔の皮が剥がされエレベーターの隙間に挟まる、血の滴る死体。

 死体は口を開けると、こう言った。


「なんで、お前は死んでいないんだ?」

   

『…およそ400メートル先、左方向です』


 僕は額に汗をかいて目を覚ます。

 スマートフォンに搭載されたカーナビの声が車内に響いていた。


 7月の青々としていく山を横目で見つつ、僕は汗を拭う。


 先月、社員寮のマンションで見つけた死体。

 後にシステム管理部の大田原とわかった社員の死体。

 

 あの時はすぐ主任に連絡を入れ、撤去班を連れたジェームズに後を任せてもらったが…二月経つも、まだあの日のことが思い出される。


(…だから、こんな夢を)


 後部座席に身を縮こめ、僕は気持ちを切り替えるために先月から新規購入したスマホのことを思い出す…だが、浮ついた気分もすぐにしぼむ。


 昨日出た、ウェブ短編小説の応募結果。


 以前までは最低でも最終選考までは入っていたはずなのに、いざ執筆を再開してみると僕の作品名は候補にすら載っていなかった。


 仕事やうつ病などで確かにブランクはあった。でも、馴染みの読者から、再会を喜ぶコメントや評価をくれた形跡があったので、それなりに編集の目には止まっていたと思っていた。


(…選評にはレベルの高い作品が多いって書いてあったし、つまり、僕の実力が水準に達していなかったと言うことなのだろうか?)


 …気落ちしているせいか体が重たく感じる。

 疲れも重なりシートの上で潰れそうになる。


「…今日は連れて行ってもらって、ありがとうございます」


 そんな折、僕の隣で明るい声がした。

 頭を下げるのは後部座席で運転席の主任と楽しげに話す里中さん。


 彼女は事情があって5月に入社し、現在は科学研究部門の検査課にある解析班で仕事をしているという。今回は二つほど山を越えた某神社の宝物庫に異常がないか調査をするため僕らに同行していたが…


「おかげで十分な話を聞くことができました」


 そう言って笑顔を見せる彼女の顔は生き生きとして見えた。


 …そう、清掃も執筆も中途半端でしかない僕と違って。

 そんな考えがよぎり、僕は頭を振って窓の外を見る。


(ダメだな、まるで彼女をひがんでいるみたいじゃないか)


『この道、左方向です』


 山道を抜け、周囲に田んぼと木々が続く。

 登山帰りか山の斜面を降りてくる人の姿もまばらに見える。


「宝物庫の清掃はちょっと面倒だったけどね。管理者も変わったし、物の配置も微妙に変わっていたからね…まあ問題が起きたら、その時解決すれば良いから…そういえば小菅くんは勤めて8ヶ月で里中ちゃんは3ヶ月か。里中ちゃん、仕事はどう?少しは慣れてきた?」


 ハンドルを握る主任は会社から渡されたスマホのナビをチラチラ見る。

 里中さんは「多少は」と僕の隣で控えめに答える。


「学ぶことがたくさんで大変な時もありますが、担当の漆原先生もわかりやすく指導してくれますし、毎日視野が広がるので楽しいですよ」


「それは重畳」と言いつつ、主任はスマホを見て「んー?」と首をかしげる。


「なんか行きとルートが違うわねえ。別にどちらの道で行っても時間に変わりはなさそうだけれど、なーんか引っかかる気がする」


 里中さんは前に身を乗り出すと心配そうな顔をする。


「…え、壊れてるんですか?一応、システム管理部から支給された最新機種だって聞いているんですけれど。」


 それを聞いた主任は「ちゃうちゃう」と手を振る。


「神社までのルートは正確だったし最新機種なのは本当。ただ、上からのお達しでこれを使ってルートを進むように言われたってのが、どうも引っかかってね…里中ちゃん、このスマホ、誰からもらったものかわかる?」


 後部座席の里中さんはその言葉に首をかしげて見せる。


「えっと、神社の経過観察の書類一式と一緒に漆原教授から渡されたんですけど、システム管理部の誰からというのは、ちょっとわからなくて…」


 困った顔をする里中さんに主任は「ま、別にいいけど」と付け加える。


「前に、この道で前に面倒ごとがあったような気もするのよ…でも、上のお達しだから、違うルートを使ったら文句言われるだろうし…」


 ブツブツつぶやく主任に対し、里中さんが不安そうに周囲を見る。


「…あの、さっきから妙な視線を感じるんですけど」


「ん?」


 そう言って、主任は車の速度をほんの少し緩める。


 …田畑の奥に見える森。

 その向こうから数人の男女がこちらに手を振りながらやってくるのが見える。


『そのまま、道なりです』


 カーナビの音声が耳につく…その時、主任がアクセルを踏む音が聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る