5−5「審議の結果」
…あの閉鎖となった科学館の事件から今日で1週間が経つ。
僕は主任と現場検証もろもろの終わった科学館の清掃を終え(と言っても、大方生えていた樹木や草などは撤去班がサンプルとして回収してしまったので単純に室内に残った泥をきれいにする程度の作業だった)会社へと帰って来ていた。
思ったより作業もはかどり、定時より1時間ほど早く会社へと戻れたのだが、報告をしに行く主任に連れられて廊下を歩いていると総務課に向かう途中で分厚い封筒の書類を抱え禿頭の男性と一緒に出てくる1人の女性とすれ違った。
「あ、小菅くん。久しぶり」
僕はその姿を見て目を丸くする。
髪を後ろでひとくくりにし、首に社員証をぶら下げた女性。
…それは里中さんで間違いなかった。
途端に主任がニヤリと笑って僕を見る。
「ああ、小菅くんに伝えるの忘れてたわ。里中さん3日前にうちの会社で面接を受けて今日から科学研究部門の検査課の解析班に配属になったんだって」
僕はどんな顔をして良いか分からずしどろもどろになるも、さすがというか、里中さんはこんな時でも乱れずにコホンと咳払いをしてから挨拶する。
「解析班に所属になりました里中愛菜です、改めてよろしく。それと…このあいだはごめんなさい。救護班に治療を受けた後で結果として私はお咎め無しになったの。それどころか被害者として多額の補償ももらって、借金も一括返済できたし、今は感謝してる」
そして、どこか迷いながらも決意を持って里中さんは僕を見る。
「他の子たちは記憶処理が行われて日常に返されたけど、私は人様に迷惑をかけてしまったこともあるし、今後はこの会社で働きながら情報開示のあり方について意見を出したり考えてみたいと思っているの」
主任がそこに口を出す。
「真面目なのね、里中さんは。いいわよー、出世して専務クラスにでもなれば、意見はいくらでも出せるもの、目指すは上級研究員だ!」
里中さんは僕に手を差し出す。
「頑張りましょうね。小菅くん」
「う、うん」
握手をした後、僕らは二手に別れた。
「…あー、大丈夫よ。別に彼女は記憶処理とかされていないから」
それから10分後、休憩室でダベりながら主任は言う。
「利害も一致しているし志もある。大概のことなら努力で成功させちゃうクチね。あの『褐色の顔』に唯一意志の力で打ち勝っていたようだし…ま、彼女らの持っていたマスクと楽器一式はこちらの倉庫に保管されるから当面のところ問題ないでしょう…外部に流出するかしないかは別として」
その言葉に僕は反応する…そういえば、何かがおかしい気がする。
確か以前も主任は『褐色の顔』という言葉を口にしていた。
だが、あれは里中が先代のリーダーから受け継いだ団体名なのではないのか?
それに里中は被害者として補償を受けていた。
植物の被害者であるのなら、撤去班の人間を襲った時点で自身に過失があったはずで、被害者には当てはまらないはずだ…つまり。
すると主任が「あ、気づいた?」と聞く。
「実はね、あの子たちが被っていたマスクや楽器は死刑になった『褐色の顔』のリーダーと、その仲間の持ち物と同一のものだったの」
…『褐色の顔』のマスク。それは、前リーダーが死刑になったのち警察署に保管された遺留品のはずであった。しかし、回復したメンバーの証言では活動を始める前日にアジトの玄関に黒いトランクに入ってそれらが放置されていたらしい。
「…『必要な人の元に』という赤黒い文字で書かれた手紙つきでね」
缶コーヒーを傾けながら主任はニヤリと笑う。
「当時の警察の話では先代のリーダーとその仲間が捕まった時には全員責任能力はありながらも殺人衝動が抑えきれなくなっていたらしくてね、前の人物像は、調べてみてもごく普通の大人しい人間だったのに、ただのオカルト研究会がどうしておかしな思想を持つようになってしまったのか理由も動機もわからないからと、警察関係者は仕切りに首をひねっていたそうよ」
ついでコーヒーを飲むと「それと面白いことにね」と主任は続ける。
「ぶっちゃけ、『褐色の顔』と言う団体は歴史上で何度も出てくるのよ。始まりはヨーロッパの黒魔術に傾倒した楽団とも言われているけど、革命や戦争が起きるときに必ず出現する団体なのよね。動物のマスクと楽器を吹き鳴らし、狂信的な儀式や大量殺戮をした挙句に全員処刑されてしまうのだけれど、数年から、数十年おきに同じ姿をした団体が出現する…ま、サイクル的なものかしらね」
クイッと最後の缶コーヒーをあおった主任はニヤリと笑う。
「ところで小菅くん。どうしてマスクの楽団は『褐色の顔』と名乗ると思う?」
正直、見当もつかない…だから僕は適当に答えることにした。
「どうですかねえ、楽団の被っているマスクが人の皮でできているとかじゃないですか?最初の楽団が殺人鬼の集まりだったとか…ま、冗談ですけど」
それに主任はしばらく黙り込み、「ふふん…冗談ね」と笑うと缶を捨てる。
「この話はやめにしましょう。給料日だし気分がいいからデザートをおごるわ」
僕はそれにおやっと思う。
(…珍しいこともあるものだ)
そして僕は主任お勧めのケーキ屋で二人分のケーキを購入し、少し早めの帰途に着くことにした。
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