5−4「脱出」

 目の前に立ちはだかる人型の木。

 里中さんは、当然のようにびくりと動きを止める。


 …いや、止まっただけではない。


 腕や足が茶色の幹のように硬く変化していく。

 全身から葉や根が生え、足元を緑の苔が侵食していく。


「動いちゃダメよ。絶対に」


 一本の木となり動くことのできない里中さん。その横から人型の木はずるりと身を乗り出すと周囲に背の高い草を生やしながら僕らの方へとゆっくりと向かってくる…が、その途中で足が止まる。


 木の足元まで届く、窓からの光。


 植物はそれをじっと見つめた後、隣の扉をくぐりぬけ今度は事務室の向こうへとゆっくりゆっくりと歩いていった。


「…縄、切るわよ」


 人型の木が完全に去って行ったのを見送ると主任は持っていた包丁で僕の体を固定している縄を切断した。


「ほい、じゃあ窓から脱出して応援が来るのを待ちましょう。植物は報告書によれば紫外線に弱くてね、日光を浴びている人や物には近づけないの、逆に暗いところでは急成長して人間含めて生物を自分の苗木にしようと寄ってくるし撤去班が回収していた紫外線カプセルが壊れたから、ああなっちゃったってわけね」


 そう言いながら外に出ると主任は社有車を見て文句を言った。


「あ、鍵が壊されてるしタイヤもパンクしてる。クッソ、替えの車がいるじゃん」


 そして車のドアを開けるなり無事だったお茶のボトルを見つけ主任は蓋を外して一気飲みする。


「あー、美味しー、やっぱ暑い日はこの一杯よ」


 ついで、喉が渇いていたのかタイヤがパンクしているにも関わらず車の運転席に腰を落ち着けると、残りのしずくを必死に飲もうとする。だが僕がお茶に口をつけない様子を見ると「ふうっ」とため息をついて、こう言った。


「あの子ね、うちの会社に連れて行けば戻るから」


 僕は主任の顔を見る。


「…嘘じゃないわよ、じゃなきゃそこまで放置していないわよ。紫外線で周囲を囲んで24時間安静にしておけば自然と植物部分が剥げ落ちるって、この報告書を書いた科学研究部門の漆原博士が言ってたもん」


 語尾に「もん」をつけながらスマホの画面をパシパシと叩いて主張する主任…というか漆原博士って何者なのか。


「もちろん本名じゃないわよ。植物学の権威で海外の名門大学を飛び級で卒業して40歳で大学教授になったのに、その実績で会社に引き抜かれて散々専門外のことをふっかけられて1年で頭が薄くなっちゃった可哀想な人なんだから、このあいだの海外研修の時なんかねえ…」


 そして主任から会ったこともない博士の身に起きたおもしろ話を聞かされそうになった時、数台の社有車がこちらへとやってくるのが見えた。


「あー、応援も遅いなあ…連絡から10分以上も経ってるじゃん」


 主任はそう言うと、僕をちらりと見てからぼそりと言った。


「…ま、彼女もまだ初犯っぽかったし情状酌量の余地ありってことで悪いようにはならないはずよ。」


 ついで一台の車が止まり、主任は相手と話すためか外へと出る。


(里中さん、大丈夫かな…)


 僕は車内に置かれてしまっていたためにすっかり温くなってしまったボトルを見つめると、蓋を開けてお茶に口をつけた。

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