5−3「緑の影」
主任は建物の中に入ると、頬につけた絆創膏を「いてて」と触る。
「あんたが今の『褐色の顔』のリーダーみたいだけど、ちゃんと仲間の管理ぐらいしておきなさいよ、人に刃物投げつけてきたわよ。前の主犯格はすでに絞首刑になっているし、応援がこっちに向かってきてるから撤去班から回収したカプセルをさっさと返してちょうだい」
中里さんはその言葉に「え、前のリーダーが?」と言葉を詰まらせ慌てたように声を続ける。
「あ、あなたに何がわかるのよ。それに、私たちの団体はもともと大学の有志を集めた研究会でしかなくて、リーダーだってすでに引退しているって…」
主任はそれに首を振る。
「強盗殺人が7件に強姦殺人が4件。これはあんたのところのリーダーが結成の2年後に提唱した『心霊現象はより凄惨な現場として保存・公表されるべきだ』の精神に則って行われた事故の結果よ」
そう言って布に包んだ包丁を見る主任。
「…現場を悪化させた犯罪はゆうに10件を超えているわ、当時の撤去班も妨害行為や団体が行った儀式のせいで倍近くも死者や行方不明者が出た。結局、同調する人間や現場に行きたがる人間を危惧して世間様には公表されなかったけれど…それでも、外部に出したいと考えるわけ?」
食い下がる里中さん。
「わ、私たちは、そうやって秘匿にされること自体に不満を…」
その時、主任が「ふーん」と言った。
「…大変だったわね。せっかく博士号とったのに…ポスドクで海外行って戻ってみたら自分の所属していた大学の研究室がなくなっちゃってたんだって?行き場なくして就職氷河期で身に合わない過酷なバイトして、それでも世間に馴染めなくて1年も経たずに辞めちゃって貯金を崩しながらここ数年ほど医者からもらった薬を飲んで家に閉じこもってたんでしょ?」
「え?え?」
パニックになる中里さん…だが、止めることなく主任は言葉を続ける。
「…それからしばらくしてネットで大学のオカルト研究部の後輩とコンタクトが取れて、OBとしてオカ研で調査していた秘密団体の復活と行方不明になった先代リーダーの捜索を一緒にすることになって、世話焼いている内にリーダーに祭り上げられて今に至ったと…大丈夫?アパート代のために借金してるでしょ、仲間のカンパなしで続けられるとは思えないけど…?」
被り物をしている中里さんの首がみるみる赤くなっていく。
「いいのよ、これはボランティアなの!仲間のためなら自分はどうとでも…!」
主任はスッと指をさし、彼女に言った。
「自分の生活に困窮している時点でボランティアなんてするものじゃあないの。そんなの金に余裕のある人間がべきやる仕事よ…今の時点で周りの人間も上手くコントロールできてないんでしょう、諦めなさいな。」
その時、館内でバリンという派手な音がした。
「あ、近くでカプセルが割られちゃったか…やばいぞ」
言うなり、なぜか僕を縛られた椅子ごと窓際へ寄せる主任。
「そんな、人に手を出しちゃダメって言っていたのに…無血で勝利をつかもうって今まで言ってきたのに」
呆然と佇む里中さんの背後でざわざわと音がする。
「小菅くん、ここから一切動いちゃダメよ。私も動かないから」
それにしても妙な状況だ。
この建物内に他に人がいるのならもっと騒がしくなっているはず。
なのに、里中さんが話している時点でほとんど人の気配すらしない。
「ねえ、ちょっと、誰か。誰かいないの…何が起き…!」
開けたロッカールームのドアの先で固まる里中さん。
…そこには、彼女の身長よりもはるかに高い人型の植物があった。
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