社内ビル、墓地群清掃
9−1「墓掃除をする人たち」
(…会社を最後まで続けてね、今までみたいに1年で辞めたりせずに)
墓場を掃除していると不意に母親の言葉が頭に浮かんだ。
会社の清掃員になって9ヶ月。
ボーナスを送った旨の電話をした時の母の言葉を思い出し、気分が沈む。
今まで、どんなに頑張っても長くて1年、早くて半年で仕事先や医者の勧めで勤めを辞めてしまうのが当たり前になっていた。
今の仕事は寮生活で給料は良いが、長く続くかというと微妙な気もする。
何しろ、ついこの間だって…
「…ふうん、お前は
そう言って、握手を求めてきたのは僕と同世代の男性。
会社の地下、大きな防水扉を抜けた先にあるすり鉢状に落ちくぼんだ空間。
巨大なドーム状の空間には墓石がひしめいている。
今回は墓石清掃の仕事なのだが、彼も会社の清掃員なのか向かいの区画で墓石を磨く人たちを見ると意味ありげにニヤリと笑う。
「やっぱ変だよな?俺も、何で会社の地下にこんな場所があるのかと思うよ」
…まあ、確かにそれは言えてると思う。
今日の出勤で主任と合流してここに来るまで、半ば冒険だったことを思い出す。
3階の総務課を抜け、奥の階段を1階分下り、さらにコの字になった別棟へと向かう長い渡り廊下を進みながら赤い空の下で増改築を繰り返す歪な凹凸のついた本社ビルをちらりと眺め、突き当たりにある5枚の扉の一番左端を開ける。
主任がエレベーターのタッチパネルにB25と入力し、向かった先の分厚い扉の前の立つ守衛に名札とスマートフォンと所持していた貴重品諸々全てを渡して、ようやく、あらかじめ決められた部屋で防護服を着用してから行われる清掃。
…もちろん、防護服を着て清掃すること自体、おかしいことは否めない。
そこが地下に広がる墓場の清掃ならなおさらだ。
「これだけ清掃班の社員が一堂に会するのも珍しいよな。っていうか俺の場合、入って1年くらいなんだけど…小菅は最近入ってきた感じ?」
その馴れ馴れしさに僕は返答に迷う。
…というか、清掃を優先しているため未だに差し出す手を握り返せない。
「あーあ、仕事に囚われちゃって。もっと臨機応変にできないもんかねえ?」
後手で頭を組みながらなじる男性に僕の胸がズキンと痛む。
なぜ、そこで立ち上がり手をにぎり返さないのか。
社会人としてマナー違反ではないのだろうか。
でも、今は作業をしている最中で…
そんな僕の迷いを感じ取ったのか、相手の男性も煽ってくる。
「何?初対面の人間の握手もできないってか?はあ…それだから小菅くんは人間関係がうまくいかなくなっちゃうわけだ」
皮肉げにため息をつく男性。
確かに僕も性格的に臆しがちな部分があることは否めない。
…でも、そこまで考えたところで僕は主任の言葉を思い出す。
僕の上司である清掃班の主任、エージェント・ドグラ。
彼女は席をはずす時、確かに僕にこう言った。
「私が戻ってくるまで作業をしていてね、人が来ても無視しといて。今は8月のお盆の時期、その日は決まってね…」
死者が現世に帰ってくる日。
話しかけてくる人間も生きている人間であるとは限らないのだと。
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