3−2「奇妙な台座と子供たち」
校舎前でいつまでも突っ立っていても仕方がないので、僕は引き戸を開けると人気のない旧校舎の中へと入ることにした。
閑散とした校舎は埃っぽく、人が長いこと入っていないことを連想させる。
(…学校の怪談って、こういう場所から生まれるんだろうな)
僕はジェームズに貸してもらったビニール製の靴カバーを着用し、ついで厚手のパーカーに帽子とマスク、軍手とゴーグルも着用するがこれは廃校なら溜まった埃や処理されていないアスベストで具合が悪くなる可能性もあるだろうという、ジェームズからの配慮であった。
(夕方までに手早く済ませないとな。何しろこの校舎、結構広い感じだし)
廊下を歩き出すと、校舎の中庭に置かれた妙なオブジェが目に入る。
二つのコンクリート製の長方形の台座。
上に何かが載っていたのかどちらにも石の削れたような跡が残っている。
(なんだ、あれ?)
一瞬、その台座に見覚えがある気がしたが、清掃をしに来ているのだから余計な時間を割いている暇はないと考え先へと進む…と、社内用のスマートフォンが振動し、主任からのメッセージが来た。
『遅い、早く上から始める。廊下の線を重点的に掃除しなさい』
(…まるで、見られてるみたいだな)
主任からのメッセージに苦笑しながらも、僕は学校の廊下を進む。
よく見れば、床の色に混じってわかりにくくはなっていが、校舎内の床は白いチョークで描いたような細い線がそこかしこに引かれており断続的につけられた線は廊下の隅々に満遍なくつけられているように見えた。
(引っかき傷にも見えるけど…これ、どこまで広がっているんだろう)
4階の廊下まで行くと電池式のポリッシャーの電源を入れる。先端のスポンジが低いモーター音とともに回りはじめ、白い線も床を撫でるようにこするだけで綺麗に消えていく。
(主任から道具の指定とかなかったけど…どうやら、この方法で正解のようだ)
簡易清掃機の充電がまだ済んでいないのでその場に残し、階の清掃を先に終わらせることを優先する。
(…でも、これが校舎全体につけられたものだとしたら、全部清掃が終わるまでにどれほどの時間が掛かるんだろうか)
どこまで綺麗にすれば良いのか。
どれくらいの時間を終了と見なせば良いのか。
…そもそも僕は計画を立てて行動することが苦手だ。
事前準備の段階で何をしたらよいかわからず、調べることに時間がかかり、計画倒れで時間を超過してしまうことがほとんどだからだ。
(…でも、主任が「しろ」というからには今日中に終わる作業なのだろうから、自分なりに計画を立てていくしかないのかもな、メッセージも急かしてたし)
そして、1学年分の廊下の引っかき傷を隅まで掃除し終わる頃、不意に後ろからクスクスという笑い声が聞こえてきた。
「おーい、こっちこっちー!」
「きゃー、鬼が来るー!」
「わー!」
見れば、奥の教室から3人の子供が飛び出し廊下を走りまわっている。
僕はジェームズの言葉を思い出し、近所の子供が校舎内に紛れ込んでしまったのだろうと思い、彼らに声をかけた。
「君たち、ここには危ない場所だから、今すぐ家に帰りなさい」
だが、子供達はそんなことはまるでお構いなしに廊下と教室を行き来すると、僕の姿を見つけるなり無邪気に話しかけてくる。
「ねー、掃除のお兄さんお仕事中なのー?ちゃんと仕事してるー?」
僕は再び注意しようと口を開きかけたが元々コミュニケーションを取ることが苦手なので子供相手にどう話したら良いかわからなくなり、仕方なく黙ったまま充電の済んだ簡易清掃機の電源を外し、次の渡り廊下へ移動する。
だが、再度掃除を始めようとすると子供達は興味津々といった感じで遠巻きにこちらを眺めてくるので、僕はだんだんと疲れてきた。
(…なんか、監視されているみたいだ)
前の仕事もそうだが、僕は基本人に見られて作業をすることが苦手だ。
なぜか文句を言われるか叱られてしまうといった強迫観念に囚われてしまう。
そんな気持ちになっていると当然のごとく集中力もなくなってしまうもので、洗剤で滑りやすい床に靴カバーが滑り、僕は慌てて廊下の窓枠につかまった。
途端に子供たちはドッと笑い、はやし声を立てる。
「うわーい、ヘッタクソー!」
(…さっさと家に帰ってくれよ)
狼狽しながら窓を見ると、校舎の外の崖の斜面を何か大きな生物が駆けていくのが見えた。
それはクマほどの大きさでフサのある尻尾を揺らして走っており僕はこれこそがジェームズの言っていた妙な生き物ではないのかと考え、とっさに彼に連絡しようとスマートフォンを取り出すも…そこで、動きが止まる。
『そんなことよりも、先にこのフロアを終わらせて』
今しがた届いた主任からのメッセージ。
(…本当に、なんなんだ?)
急かしてくる主任に廊下の引っかき傷。
僕をからかう子供に妙な生き物。
どこから手をつけて良いかさっぱりわからず、僕の中で焦りが募っていく。
(清掃をさっさと終わらせよう。あの生き物も外に出ているようだし、子供達もこのまま校舎にいてもらった方が安全なのだろうから)
僕は子供たちの視線を避けながらポリッシャーの電源を入れると、速度を上げて上階の清掃を仕上げていくことにした…
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