2−2「増えゆくマネキン」

 「はい、はい、申し訳ありません。わかりました…」


 壁から生えたマネキンを見つけてから10分後。


 簡易テントの端っこでペコペコ謝りスマホを切ったエージェント・ジェームズは、ツンとすました表情を再び取り繕うと僕らにこう言った。


「悪いが、今回の件で撤去班の応援が来るまで時間がかかる。応急処置になるが清掃班の君たちと合同で対象の撤去作業にあたらせてもらう」

 

 格好つけるジェームズに現場連絡をした主任はにっこりと笑う。


「ようは不始末で撤去しきれなかったマネキンがあるから回収するのを手伝ってくれってことでしょ?ジェームズ、私たちに残業させてゴメンナサイは?」


「…残業代は通常の時間給に1割乗せだが?」


 主任はにこやかに首を振る。


「どうせ撤去班の分まで仕事するんでしょ?そうしたら3割乗せ、作業日誌にも残るんだし報告書にその旨を記載しないと書類不備で叱られちゃうわよ」


「…わかった、君たちにはこの件で危険が及ばないように考えておく、万が一の場合が起きた際にも、それ相応の対応をするように心がけておこう」


「はい、言質とった。ここまでの会話記録を上に報告しておくわね。こんな感じで部下に偉そうな態度で接するのはNGよ…じゃないと今回ばかりか次の給与査定も減額になっちゃうんだから…ね、ジェームズ?」


 そう言って、録音ランプの付いたスマートフォンを見せる主任…その後、僕と一緒の男性用ロッカーで防護服を着るジェームズはとても悲しそうな背中をしており、とても声をかけられる雰囲気ではなかった…にしても疑問が残る。

 

 以前から主任から聞いていた話では現場に不備があった場合は連絡後に速やかに撤去班やジェームズのようなエージェントがやってきて、僕ら清掃班は蚊帳の外になることが多かったはずだ…なのに、今回は僕ら清掃班も駆り出されるような事態となっている、何をそんなに急ぐのだろうか?


 そこに、防護服姿でテントから出た主任が言った。


株分かぶわけ型と呼ばれるタイプでね。放っておくと時間ごとに増殖する厄介な相手なの。今回の場合、騒ぎの元凶である母体は封じ込めが完了しているのだけれど、仲間を増やす性質を持つ子株がまだその辺にいるから早めに叩くために私たちが始末に回る羽目になったわけ」


 主任はそう言うと「ふふん」と笑い、防護服の上にさらに服を着用しようとするジェームズへと顔を向ける。


「あら、それ使うのにちゃんと上の許可はもらってる?」


「…一応な」


 それは木箱から取り出された、土色をした分厚い麻布の服だった。

 

 だが、センス的にも服と呼ぶべきか迷ってしまうほどにそれはめちゃくちゃな編み込みがされており、一応つぎ当てもされて補修はされているようなのだが、一見する限り、捨てる直前のボロ布にも見えた。


「先にシールを渡しておくから俺が対象を引きずり出したら首元に貼ってくれ。同時に頚部と腕と足を折って動けないようにしておくのも忘れずにな」


 そう言って、先ほどホーム内の壁に貼られたものと同じ、QRコードの書かれたシールの束を主任に渡すとジェームズはスマートフォンをボロ切れの一部でくるみながら操作を始める。


「折った手足は選別してまとめておく?」と尋ねる主任。


「…いや、壁から離して積んでおいてくれ。先に地中にあるものを全部出してしまうことが先決だからな。ざっと見た感じ30体くらいか」


 そうしてボロ布を身体中に巻きつけたジェームズは、スマートフォンの画面を見つめながら壁に手を当てたかと思うとそのままズルリと中へと入っていく。


「『乙の115番』通称、土遁布どとんぬの。とある県境の隠れ里と呼ばれた地域の土中から見つかった布なんだけど、これに包まれていたミイラは一切腐ったり他の生物に喰われた跡がなかったの」


 主任はそう言うと木箱を取り上げて年号の書かれたフタ部分を見せる。


「この箱はミイラになっていた屋敷の主人の屋根裏に説明書と一緒に保存されててね、その後、研究が進んで地面に潜れるアーティファクトとして管理活用されているのだけれど…屋敷の主人がどうして土中で死んでいたのか今も原因がわかっていない曰く付きの代物なのよ」


 主任は箱を僕に寄こすとテントに戻すよう指示をした。


「早めに置いてきてね。30体とか言っていたから、すぐこの辺りがマネキンでいっぱいになるはずよ」


 その時、ドサっという音とともに壁から一体のマネキンが地面に投げ出され、主任は素早くその首にぺたりとシールを貼った。僕もすぐさま箱を戻して現場に戻るも、すでに3、4体が地面の上に投げ出されている。


「すぐに首をもいで、胴体を抑えつけて関節の反対側に力を入れる。そうすれば手足も簡単に取れるはずだから」


 …しかし、これがなかなか根気のいる作業だった。


 シールを貼ったそばからマネキンをバラして横に積む。積まれたマネキン人形が20体を越す頃には通路のあちこちにばらけた部品の山が溜まっていき、僕も疲れが出てきたのかだんだんと動きが鈍ってきた。


 すると、その様子に気づいたのか主任がジェームズに声をかけた。


「ちょっと休憩を入れましょうか。ジェームズ、あと何体?」


 マネキンの出現と同時にジェームズが壁から顔を出す。


「多分、次で最後だ。応援も間もなく到着する予定なんだが…難しいか?」


 それに主任は「もう」と頬を膨らませる。


「わかった。そいつにだけシールを貼ったらちょっと小菅くんを休ませて。彼も相当バテちゃってるみたいだし、私が残りをするわ」


「ええ…体力がないなあ」


 そうぼやきながら壁に戻るジェームズ。


 自覚があるので反論できず、僕はうつむいて作業に没頭する…すると、目の前に一体のマネキンの頭部が出てきてジェームズの声がした。


『それ、そのまま壊しちゃっていいから』


(あれ、シールは?)


 僕はそう思うもジェームズの指示なのでマネキン人形に手を伸ばす。


 そして首に触ろうとした瞬間、マネキン人形がくるりと顔をこちらに向けると、僕に向かって両手を伸ばしてきた…

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