1−5「社員寮の少女」

 午後の空いた時間を利用し、僕は社員寮で洗濯をしていた。ワンルームタイプのマンションと変わらない社員寮。入社したのは12月なので室内干ししかできないが日差しを浴びて干せるので新鮮な気分になれる。


 ピンポーン…


 そんな折、玄関のチャイムが鳴った。引越しの荷物はそれほどなかったので、追加の宅配ではないと思うが念のため僕はドアスコープを覗き込む。

 

 …そこにいたのは小さな少女。小学校に上がるか上がらないかの幼い顔立ちでドアを不安そうに見上げている。

 

 犯罪の多い昨今、うかつに話しかけ周囲に変な疑いを持たれるくらいならこのままドアを閉めておいたほうが良いと思う反面、虐待の可能性も考慮に入れると放っておくわけにもいかず…とりあえず折衷案として、僕はドアを細めに開けて少女の様子をみることにした。


「こんにちは」


 思ったよりもか細い声…だが、そこで僕は気づく。


 少女は12月には似つかわしくない浴衣姿。細腕の覗く布地には綺麗なアゲハチョウがあしらわれており、素足に水色のサンダルを履いている。

 

「あの…どうされました?」


 僕を見上げておずおずと聞く少女…そこで初めて、僕は自分自身が顔じゅうに汗をかいていることに気がついた。


(おかしい、ここに彼女がいるはずがない。だって、彼女は…)


 喉まで出かかった言葉、しかし、そこまで思い至ったところで僕は気がつく。


(待て、そもそもとは誰だ?)


「具合が悪いんですか、大丈夫ですか?」


 僕を心配そうに見上げる少女。だがそんなことには構っていられず、僕は思わず彼女にこんな言葉を吐いてしまった。


「お前は誰なんだ?」


 すると、少女は少しだけ大きく目を見開いたかと思うと、急に嬉しそうにモジモジとし…こう答えた。


「フレンドリィ・フレンド…君の友達だよ」


 そして風のように走り出し、少女は寮の非常階段の方へと消えていく。

 僕は思わず「待って!」と叫び、彼女の後を追って寮の階段へと向かう。

 

 しかし、少女の足は早く、すでに降りたのだろう…下の階から声がした。


「お兄ちゃん、また今度会おうよ。きっと仲良くなれるから…!」


 遠ざかっていく足音に僕はこれ以上追うこともできず、ぼんやりと階段の手すりにつかまる…その時、会社から寮へとやってくる数人の影が見えた。


 4人の若い男女。彼らはどこか朗らかな表情で手に資料を持ち社員寮へと向かってくる…だが、彼らの顔を見て僕はハッとした。


 一人は女性研修生の小岩井さん、楽しげに話し合っている二人は確か壁に叩きつけられた男性研修生たち、そしてもう一人は…と、そこまで考えたところで、僕のポケットに入れていた社員用スマートフォンがコールする。


 『主任』と表記されたメッセージ。


『お疲れ様、今日はジェームズが責任を取って撤去班と一緒に現場を綺麗にする運びとなりました。明日はその続きをすることになります。会社に定時集合です。ジェームズがあらかた片付けてくれるので昨日より作業は早めに終わるはずです。他の4人については記憶処理後の経過観察があるので、一週間ほど社員寮で共に過ごすと思いますが、見つけてもあまり話を聞いたりしないように。何しろ…』


「…何しろ、首の接合が完全に済んでいない人が1名いるので」


 僕はその文章を口に出すと改めて道を歩く4人を見つめる。

 

 そう、真ん中を歩く一人の男性研修生。

 彼の首にぐるりと縫い合わせたような跡があった。


 数時間前、確かに首から上を跳ね飛ばされたはずの男性。

 なのに、いまも平然と仲間とともに歩いて平気で喋っている。


 僕は、このことを主任に相談しようかとスマートフォンを開き…結局、何から問えば良いのかわからず、静かに画面を閉じた。

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