1−4「後始末」

 本社に戻るとエージェント・ドグラと無線で名乗った女性指導員は僕らに適当なソファで休むよう指示し、ロッカールームに行った帰りにコーヒーを2本買って寄越してきた。


「お疲れ、初日で大当たりだったわね、君はいいけど、そっちの子…小岩井ちゃんだったっけ?あー、もうダメそうだねえ」


 見れば、小岩井と呼ばれた女性研修生はコーヒーも飲めないほど体をがくがくと震わせており、先ほどの出来事がよほど身に応えたようだった。


 そこに、靴音を鳴らしながら1人の背の高いスーツ姿の男がやってくるとのんびりコーヒーを飲んでいた女性指導員は彼の顔を見るなりニヤリと笑う。


「やっちゃったね、ジェームズくん、次やったら降格じゃなかったっけ?」


 どこからどう見ても日本人なのにジェームズと呼ばれたその男…は、小さく首を振ると「上はまだいろってさ」と続け「今回は死亡を含めた4人の記憶処理をして日常に戻ってもらう、そっちの2人はどうだ?必要か?」と、僕と未だ震えの止まらない小岩井さんを見る。


 女性指導員はちらりと僕と小岩井さんを見ると、震える彼女を指差した。


「そっちをよろしく、こっちはまだ大丈夫そう」


「オーケー、今日の清掃はキャンセルで良い。次回の予定は後日連絡する」


 そうしてジェームズは小岩井さんを歩かせるも、女性がそれを引き止めた。


「ちょい待ち、この子を2割減額の代わりに『甲の248番』適用にして」


 それを聞くとジェームズは舌打ちをし「許可はどうする?」と女性に聞く。

 すると、聞かれた彼女は肩をすくめて小さく笑った。


「あんたのサインで十分だと思わない?明らかに今回の件で精神的苦痛を伴っているし、これならチャラどころかこの子のプラスになるはずよ?」


 ジェームズは「怒られるのは俺なんだが…」とボヤき、研修生を連れ出す。


 その姿が見えなくなった頃、女性はうーんと伸びをして空になった缶コーヒーを近場のゴミ箱に投げ捨てて歩き出す。


「…78番倉庫にしまってある『甲の248番』は通称・えんの糸車と呼ばれていてね、どういうものかは具体的に言えないけど、使う人の願望に近い縁を引き寄せてくれるの」


 突然の話に困惑する僕に「ついて来て」という彼女。


「あの子は才能こそあるけど拾ってくれる人との縁がなくて、オーディションに受からずバイトで食いつないでいた、願望の強度に対して効果も比例するから、運が良ければ一月以内に縁ができて受かるんじゃないかしら?」


 …女性の説明に理解がついていかない。


「死亡者は通常は50適用で、傷病者には30、小岩井ちゃんはおまけで10ってとこかな?あ、これ1あたり100万円ってことだから、もちろん治療費別の明後日退職で同日口座に振り込まれるのよ、補償が効いてるでしょう?」


 ニヤニヤしながら話す女性に僕は(人が死んでいるのだから、もっと手続きとかいろいろあるだろうに…)と思わず考え込んでしまう。

 

 そして3階にある総務課に着くと彼女は受付に話しかけ、名札と一台のスマートフォンを受け取ると僕に渡した。


「ほい、君の社員証とスマホ、これで君は正式にこの会社の社員になりました。そうそう、私のことはと呼んでくれればいいから。社員証の名前だって認識操作がされていて本名じゃないし…ぶっちゃけ私自身、このコードネームが嫌いなんだよね」


 そう言って、ジーパンにセーター姿の主任は首に下げた名札を指さす。


(そういえばこの人、会ったときから一度も自分の名前を言ってない)

 

 僕は、改めて彼女の名札を見てみるが、どうも名前がぼやけて読めない…と、主任はケラケラと笑いだした。


「だから認識操作されているんだって、もちろん他の場所に行けば、それ相応の適当な名前にも変換されるけどね…ま、話はこれくらいにして時間もお昼だけど今日はここで解散にしましょ、明日の日程も後でスマホに連絡が行くし…さて、ここまで、何か質問は?」


 そう言って、ニヤニヤ笑う主任。

 僕は少し考えた後、思い浮かんだ疑問を口にした。


「あの、どうして僕を雇おうと思ったんですか?」


 主任はそれを聞くと笑っていた目をうっすらと開ける。


「…へえ、今そういうことを聞く?」


 そして、彼女は口を開くとこう言った。


「君、死にたがっているでしょ、面接の時から感じていたもの…ここで働いていれば、きっとチャンスは巡ってくるはずよ?」


 呆然とする僕。彼女はその顔に満足したのか「じゃあ、また明日ね」と笑い、僕の上司となった女性はゆるゆると手を振りながら去っていった…

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