1−2「清掃作業」
出勤初日、僕らはビルの地下2階の清掃作業にあたることとなった。
研修生は僕を含めた5名、用意されたのは頭から足先までの完全な防護服姿で壁や床に広がる大量の血液を
「スポンジの色が濃くなったら外して簡易清掃機の左扉に入れて。右扉に綺麗になったスポンジが並んでいるから、取り替えて作業を続ける。汚れたスポンジも2分ほどでクリーニングされるから、人海戦術で掃除していけば、お昼までには余裕で間に合うはずよ」
面接時にはお団子頭で今は防護服姿の女性指導員のもと、僕は汚れたスポンジを取り外して小さな本棚ほどの大きさの簡易清掃機へ放り込む。中で、機械的な洗浄音が鳴り響き、隣に綺麗なスポンジがずらりと並ぶのでその中の一枚を取り出してポリッシャーの下部にはめ込み、再び作業を始めた。
側から見れば驚くほどの単純作業。ポリッシャーの柄の長さは自由に調節できるので肩や腰といった身体的負担は少ないが、凝固した血液が建物内のあちこちに付着しているので見ていることによる精神的な負担のほうが大きいように感じられた。
「なにこの塊、グチャって踏んじゃった」
斜めになったロッカーの裏でポリッシャーを動かしていた女性研修生が嫌そうな声を上げる。着用しているのは使い捨ての防護服なのだから、脱いで捨てれば問題無いはずだが、彼女は嫌そうに踵を床にこすり付けた。
「なんか粘つくタピオカ踏んだ感じ。振っても全然取れないし…マジなんなの研修初日で行くにしてもここヤバすぎない?」
(…まあ、確かに)
僕はそう考えて周囲を見渡す。
窓ひとつない長い廊下、扉はいくつか強引に開かれたような跡があり壁際には赤い血の手形や何かを引きずったような跡が無数に残っている。先ほど彼女が踏んだと思しき塊のあった場所にも数本の髪の毛や赤黒い物体が落ちていたので、これがもともと何であったのか思い至らないほうが正解のような気がした。
「はいはい、おしゃべりは無し。ノルマは二日以内でのフロア清掃完了よ。上の報告書にも処理済みとあるから…多分めったなことは起こらないはずだし」
(処理済み?めったなこと?)
僕は女性指導員の言葉に首をかしげる。
この会社の応募書類には主に物流関係の仕事が中心と記載されていた、しかし彼女の言い分から察するにどうも内容がきな臭い感じがする。
(…いや、この手の仕事は何も聞かないことのほうが正解だ)
僕は浮かんだ疑問を振り払い作業に戻る、初日に質問して1日もたたない内に辞めさせられるのは正直ゴメンだ。すでに年1単位で転職を繰り返しており今年で31歳になってしまうのだから、もはや後がない崖っぷちの状態。
僕は必死にこの場をやり過ごそうと目の前の清掃作業に集中しようとしたが…そんな僕の目の前に、巨大なガラスの破片が飛んでくるのが見えた。
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