某不動産ビル、地下清掃

1−1「面接」

小菅こすげくん、弊社を希望した理由はなんですか?」


 月収30万、昇給ボーナスあり、土日完全週休、福利厚生も手厚い。

 あと交通費が全額負担に宿舎も有りと記載されていたから…


 だが、面接時にそんなことを言えば落とされるに決まっている。僕は前々から用意していたセリフを言うため口を開こうとしたが、その一音を発する前に3人の面接官のうち端にいた女性がひらひらと手を振った。


「あ、それ以上言わなくていいわ、御社の物流の仕事の素晴らしさとか清掃業という人の役に立つ仕事に就きたくてとかありきたりな内容の言葉は私も聞きたくないし、それより…」


 そして、頭の両側をお団子結びにした女性面接官はニコリと笑う。


「ADHDが職場でバレての転職。うつ病持ちならもっと大変だったでしょ?」


 瞬間、ガクンと落下するような感覚とともに顔から大量に汗が噴き出す。

 

 人とのコミュニュケーションが不向きと言われる発達障害のADHD。ストレスによりうつ病を併発することもあるこの障がいは、薬を用いても完治の見込みはなく、普通の企業であれば障がいがある時点で…持病が知られた時点で採用される率が極端に低くなってしまう厄介な代物だ。

 

 無論、職業安定所にも専用の窓口は設けられているが、時間制限のある単純な清掃や事務しかもらえず、得られる賃金も通常収入の半分以下、正直頼んだところで支援を受けながらギリギリの生活をするしかないのが現実である。


 それを知っているがゆえ、僕は二ヶ月前にADHDの診断が出た後(本当はうつを抱えていた数年前からそうだったが)職業安定所から面接に至るまで、必死にその事実は隠すようにしていた。そうでなければ、普通の生活水準である正社員はおろか、短期間の臨時職員の採用さえ見送られることが常だった。つまりこの場合は…


「じゃ、採用で」


(…は?)


 僕が顔を上げると他の面接官2人が立ち上がり、部屋に残った女性がニコニコと僕を見る。


小菅始こすげはじめくん、あなたを清掃員として採用します。書類は明後日までに連絡先に送るので必要事項を明記の上、初日に会社の3階にある総務課に届けてください。制服はその場で用意したものを渡す予定です。初日はジーパン等のゆるい服装で結構ですので、筆記用具のみ持参ください…何か、ご質問は?」


 僕は口を開閉しながら「特にありません」と頭を下げる。


 嘘のような採用宣言。そして後日送られてきた正式な採用通知と契約書と出勤当日の日程を手にし…僕は未だ信じられない気持ちのまま、物流業者の清掃部門の正社員として出勤をすることとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る