第12話 どこへ?
とりあえず、ボクたちはディラン・ベルトラントの救援を果たした。
けれど、ディランも彼の妹エマも重傷だった。
スピカは椅子に縛りつけられていたディランの縄を解き、ひとまずエマの隣に彼を寝かせた。
ボクは肉球でふにふにとディランの傷に触れながら、治癒魔法をかけてみた。
「シャノワ、どう?」
ボクは首を左右に振るしかなかった。
エマの方は、治癒魔法で傷を塞ぐことができた。
ディランの方は、かなり厄介だ。
たしか、岩猿は「ベルゼブ・ペイン」って、言ってたよね?
いや、でも、それって……。
ボクは無言で、ディランの左胸についた傷を凝視していた。
それは、治癒魔法を使っても消えない傷。どちらかと言えば、「呪い」に近いモノだ。
「お頭、こちらも終わりました」
テディとキヌエ、そしてヒルマンが部屋へ入ってきた。
「キヌエ、この傷なんだけど」
スピカがディランの傷を見ながらキヌエに尋ねる。
「失礼します」
キヌエはディランの側に片膝をついて腰を下ろすと、右手の指先でディランの傷に触れた。
「少しだけ、辛抱してくださいね」
「ぐっ、うううっ……、ああっ」
ディランが苦しそうに呻く。
キヌエはスキル「診察」の持ち主だ。ボクの「鑑定」と異なり、病気や傷の具合を診ることができる医療系のスキル。
患者の身体に触れ、自身の魔力を流して病巣の場所や状態を感知するらしい。魔法や薬による状態異常も診断できる。
そのキヌエの表情が、みるみる険しくなっていく。
「まさか、そんな……」
キヌエは手で口を塞いだ。
「どうしたんだよォ? ヤベェのか?」
キヌエの表情を見たヒルマンが、ディランと彼女を交互に見ながら尋ねる。
「ベルゼブ・ペイン。患者の魔力を吸収しながら成長し、最後は肉体までも喰らい尽くして患者を死に至らせるという傷です。この傷をつけた術者に解除させるか、術者を殺さなければ消えません。ですが……」
「なに?」
尋ねるスピカに顔を向けて、キヌエは答えた。
「この術を扱うことができるのは、『ラムドゥデモン』を持つ者だけです」
「では、鬼面猿猴のなかに悪魔の魂を持つ者がいるというのか?」
テディは大きく目を見開いた。少し声も大きい。ヒルマンは声も出ないようだ。
スピカは険しい顔で、ディランの胸の傷を見詰めている。そして、
「岩猿は『サタナエル人』だったのね」
小さな声で、そう呟いた。
太古の昔、エテルノン帝国初代皇帝カピラヴァストが根絶やしにしようとした「サタナエル人」。
「ラムダンジュ」と対を成す「ラムドゥデモン」の保有者だ。
「お頭、ひとまず、ふたりを別の場所へ移しましょう。応援を手配いたします」
そう言うと、テディは足早に部屋を後にした。
ふたりを連れて移動させるとしても、屋敷のなかを片付ける必要がある。片付けと言っても、鬼面猿猴に殺されたヒトたちの遺体を仮埋葬するのが主だろう。
すぐにでも騎士団庁へ通報したいところだ。けれど、侯爵位の貴族の屋敷が襲撃された事案。大事件だ。
こちらも決して堅気ではない。事情聴取だの立ち会いだのは、できれば避けたい。
「う、んん……」
気を失っていたエマが、目を覚ました。エマは起き上がると、ディランの方へ顔を向けた。
「に、兄さん、兄さん!」
エマが隣に横たわるディランに縋りつく。それに応えるかのように、ディランはわずかに呻き声を上げた。
エマの背後から、スピカが彼女の肩を叩く。強張った表情をしたエマが振り返ると、彼女を落ち着かせるようにスピカは微笑んで見せた。
「大丈夫、命に別状はないわ。貴女の方はどう? どこか痛むところはない?」
ニィ。
ボクはエマに近づき、彼女の膝に右脚を乗せて見上げる。エマはボクに視線を落とすと、ようやく強張った表情を少し緩めた。
「あなた方は?」
エマは手を伸ばしてボクの背中をなでると、スピカの方へ視線を戻して尋ねた。
「あたしは、スピカ。貴女達が襲撃されたと知って、ここへ来たの。詳しい話は後。また、ヤツらが現れるかもしれない。ここを離れましょう」
「ど、どこへ?」
バスク侯爵邸を離れると聞いて、エマの菫色の瞳が不安に揺れた。無理もない。つい先ほど鬼面猿猴に襲撃され、酷い目に遭ったのだから。
目の前にいる黒装束のニンゲンを、にわかに信じるコトはできないだろう。
「安心して。貴女にもディランにも危害を加えないと約束する。これから向かうのは、きっと貴女も知っている場所よ」
え? ドコ? まさか!?
ボクは、このふたりを連れて行くとしても「盗賊ハルカ」の別の拠点だと思っていた。
ところが、移動先はエマも知っている場所だという。
ボクが首をひねっていると、テディが数人の手下を連れて戻って来た。
「お頭、準備ができました。外に馬車を用意しています。私はここに残り屋敷のなかを」
「ありがと、テディ。エマ、ついてきて」
テディの手下たちが、手際よくディランを担架に乗せて部屋を出て行く。その後に、スピカとエマが続く。ボクとキヌエ、そしてヒルマンもふたりの後についていく。
屋敷を出ると、門の前に幌馬車が止まっていた。それを見たキヌエがスピカに駆け寄る。
「お頭、私とヒルマンさんは徒歩で戻ります」
キヌエは、そっと耳打ちした。馬車に乗る人数は、少ない方が良いと考えたのだろう。
スピカが頷くと、キヌエはヒルマンの方へ顔を向け、彼の腕を引いてその場を離れて行った。
「な、なんだよォ!?」
ヒルマンの声を背に、ボクはひょいと幌馬車に乗り込む。
振り向くと、スピカが馭者に何やら耳打ちしていた。たぶん行き先を指示しているのだろう。
本当に、どこへ行くのだろう?
ボクはスピカの膝の上で、かぽかぽと馬車に揺られながらエマとディランの様子を眺めていた。
ディランは時折苦しそうに呻き声を上げ、エマは心配そうな表情でディランの手を握っている。
しばらくすると、馬車が止まった。バスク侯爵邸から十分ほど離れたところだ。
馬車から飛び降りたボクは、思わず目を丸くした。
……い、いいの!? 大丈夫なの?
馬車に揺られて到着した場所は、「織姫や」の裏口だった。
黒装束姿でバスク侯爵邸へ乗り込み、手負いとはいえ次期当主候補とその妹をここへ連れて来るなんて。
助け出したといっても、身バレしたらどうするんだろう? 相手は、騎士団庁の
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