第11話 ベルゼブ・ペイン

🐈【注意】残酷な暴力シーンが含まれます。🐈



「アンタの妹は、ホントにいい声で鳴くね。ディラン。きゃはははははっ」


 リーダー格の鬼面猿猴きめんえんこうが、金髪銀眼の男性に顔を向けている。

 猿の仮面をしているので、顔は判らない。体型と声からすると、女性らしい。


 魔法で椅子に拘束された金髪銀眼の男性は、苦悶の表情でリーダー格の鬼面猿猴を睨んでいる。 


 彼がディラン・ベルトラントか。菫色の髪のヒトは、彼の妹みたいだね。

 

 ディランの弱点は、妹だったワケか。


 おそらく鬼面猿猴の連中は彼女を先に狙い、ディランの抵抗を封じたのだろう。 


 リーダー格の鬼面猿猴が、ギザギザの刃をディランの妹に押し当てる。彼女は背中に刃が当たるのを感じたのか、涙が浮かぶ菫色の瞳を歪めた。

 鋸のような刃が、ゆっくりと彼女の素肌に傷を残していく。


「ぐっ、……い、いやあああああっ」


 ボクは、その光景に思わず顔をそむけた。


 なんて、ひどい。あのナイフは拷問用かな? 痛みを増幅させる魔法がエンチャントされてるみたいだ。


「はあん、いい、いいわぁ……」


 傷を受け身体を捩らせて痛みに悶える彼女の様子に、猿の仮面をした女は自分の両肩を抱いて天を仰いた。

 ふるふると全身を震わせ、恍惚とした様子だ。


「エ、エマ……」


「うふふふ。ディラン・ベルトラント。これは、ゼルゲル兄ちゃんを殺された恨み。アンタは激痛で狂い死にする妹を見てから、じわじわと死ぬんだよ。きゃはははは」


 とても見ていられない。ボクは助けに飛び出そうと、一歩踏み出した。


 その時、


 ――ワタシが気に入らなければ、最後の命を剥がします。


 頭のなかに創造者エイベルムの言葉が響いた。


 ボクは立ち止まる。


 そうだった。


 ボクは「わたりネコ」。この世界ディヴェルト・ライレアの創造者エイベルムの遣いネコ。この世界で、もっとも自由なネコにして世界の観察者。


 彼の目であるボクは、この世界の歴史を変えてしまうような介入はできない。


 それをすると、エイベルムから与えられた「命」を剝がされてしまう。


 すっかり忘れていたけれど。


 ボクが助けに入ることで、ディランの運命を変えてしまうかもしれない。


 ボクはくるりと踵を返した。

 女性の悲鳴に背を向けて、ひとまずスピカの下へ戻る。


「どうだった?」


「部屋にはディランとその妹、そして鬼面猿猴が五人。リーダー格のヤツは女のヒトだったよ。ディランの妹は拷問を受けてた」


 スピカは眉間に皺を寄せた。


「そう、アイツが来てるのね」


「誰です? 姐サン」


「鬼面猿猴の幹部の一人よ。『岩猿いわざる』って呼ばれてる」


 なんて、カタそうな、ゴツイ二つ名だろうか。


「じゃ、ヒルマン。頼んだわよ。『岩猿』の方は、あたしが相手をする」


「へい。じゃ、行ってくるよォ」


 そう言って、ヒルマンはひょこひょこと奥の部屋へと向かった。


「ボクも」


 スピカが、ボクの方を見て頷く。


「お願いね」


 ボクも、とてててっとヒルマンの後に続いた。


 ヒルマンが壁に張り付いて、部屋の入口からそっとなかの様子を窺う。

 ボクは「隠密」スキルを切って、入口にちょこんと座った。鬼面猿猴の連中から視認できる状態だ。


 ニィ。


「ちょ、ちょっとォ、黒猫の旦那あっ!?」


 目を丸くしたヒルマンが飛び出した。慌ててボクを抱きかかえようとする。


 その行動が、鬼面猿猴たちの注意を引いた。

 ヒルマンと鬼面猿猴たちが、無言で見つめ合う。


「岩猿さま、こいつ、ヒルマンです!」


 鬼面猿猴のひとりが、ヒルマンを指さして叫んだ。

 岩猿が首を傾げる。


「へぇ、妙なところで会ったねえ。捕まえて」


 岩猿の指示を受けた鬼面猿猴の二人が、短刀を抜いてヒルマンに襲いかかった。


「どっひゃああっ!」


 どたどたと足音を立てながら、一目散に逃げだしたヒルマン。その後を、鬼面猿猴のふたりが追っていく。


「あーあ、ヘンな邪魔が入ったね。もう終わりにしよう」


 岩猿は、そう言って目の前にギザギザ刃のナイフを掲げた。

 ナイフの背を人差し指で撫でる。


「そうね。そのふたりを置いて引き上げてくれない?」


 岩猿の視線が、部屋の入口に向けられた。


 スピカがボクの隣に立っている。その手には抜身の神剣「天叢雲」。


 彼女の姿を見て、岩猿は小さくため息を吐いた。

 岩猿は左手に赤い光を放つ魔法陣が浮かび上がらせると、顎をしゃくって部屋にいた鬼面猿猴のふたりをスピカへ差し向けた。


 黒装束のふたりが短刀を抜いて、スピカに斬りかかる。


 ふたりの実力は、比べ物にならないほどスピカよりも劣っていた。けれども、すこしだけスピカを手こずらせた。二対一だったコト、狭い場所だったコトもある。


 それでも、岩猿にとっては十分な時間だった。


 岩猿が、左手に浮かぶ魔法陣をディランの左胸に押し当てる。そして右手に持ったギザギザのナイフを魔法陣の中心へ向けて突き出した。


 ボクは、咄嗟に彼女の腕へアルテマクロウを放つ。

 直後、岩を引っ搔いたような音がした。


 「ええっ!?」 


 鉄をも切り裂くハズの斬撃は、どういうワケか彼女の腕に小さな傷をつけただけだ。オマケに斬撃を受けた腕からは、血も流れていない。

 痛痒すら感じていないのか、岩猿はボクに見向きもしなかった。


 ギザギザの刃がディランの左胸に沈んでいく。深く刺さったナイフから、黒い魔力が立ち昇る。


「う、ぐっ、があああああああっ!」


 椅子に拘束されたままのディランは、身を捩って叫び声を上げた。

 岩猿が、ディランの胸に刺したナイフを引き抜く。


「うふふふふふっ、『ベルゼブ・ペイン』。ディラン・ベルトラント、お前はこの傷に喰われて死ぬんだよ」


 嬉しそうな声でそう言うと、ディランの左胸に付いた傷口を人差し指でなぞった。


 そこへ、鬼面猿猴のふたりを斬り伏せたスピカが飛び込んできた。


 岩猿はスピカの剣撃を右腕で受け止める。さらに岩猿の右膝が、スピカの脇腹へ向かっていた。

 

 スピカは床を蹴って後方へ跳び、岩猿の膝蹴りを回避する。


「うふふふふっ、きゃははははははっ」


 岩猿は愉快そうに大笑いしながら、後方へ跳躍する。

 背中から体当たりして、部屋の窓を破った。


 外へ逃れた彼女は、笑い声とともに闇のなかへ溶けていった。

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