第10話 部屋のなか

 🐈【注意】残酷なシーンが含まれます。🐈


 「織姫や」を出たボクたちは、夜陰に紛れバスク侯爵邸へと急いだ。


 人目を忍んで歓楽街を抜け、ラノセトル大聖堂の裏道を通り、王城エフタトルムの北側をまわって東進する。しばらく行くと見えてくる高い白壁に囲まれた貴族の邸宅。そこがバスク侯爵邸だ。


 侯爵邸に辿り着いたボクたちは、敷地を囲む高い壁を飛び越え敷地に入る。きれいに刈り込まれた庭木の陰に潜んだ。


 ヒルマンがスキル「植物操作」を使用して、庭木を変化させる。


 わさわさと、何本かの庭木が枝を伸ばして絡み合う。

 やがて庭木は半球状の隠れ家となった。


 内側の空間は、大人のニンゲンが三人ほど入ることができそうだ。


 身を隠しつつ、屋敷の様子を探るのに格好のかたち。


 ほほう、このヒト、意外と使えるね。


 最近「織姫や」でのヒルマンは、雑用に加えて庭園の管理も任されるようになっていた。彼のスキルなら、季節に関係なく庭木に花を咲かせたり、いいカンジのくねくねを付けたりできるからだ。


 それがこちらの「仕事」でも応用できるとは、侮りがたしヒルマン。

 イヤ、「植物操作」。


 バスク侯爵邸は静まり返っていた。

 屋敷の明かりは消え、いくつかの窓が破られている。


 鬼面猿猴の連中は、窓を破壊して屋敷内に侵入したようだ。


「お頭」


 麦わら帽子を被った背の低い庭師姿の男が、ボクたちの前に姿を現した。

 どこかで見たことのあるヒトだと思ったら、なんと楼主のテディだった。

 彼がディランの様子を探って、スピカに情報を届けていたらしい。


 というか、楼主がこんなトコにいて「織姫や」の方は、大丈夫なのだろうか?


「連中の数は?」


「五人ほどです」


「なかの様子は?」


 彼は首を振った。


 ボクはスピカの足元で耳をピコピコさせながら、屋敷を見上げた。

 まだ、屋敷のなかに人の気配がある。


「索敵」スキルを使って、なかの様子を探ってみる。


 1、2、3、4、……7人?


 魔力の強いニンゲンが二人いるね。ひとりはディランかな?


 すると少女の悲痛な金切り声と耳障りな甲高い女の笑い声が、屋敷のなかから聞こえてきた。

 二階にある奥の部屋からだろうか。


 ボクたち四人と一匹は、顔を見合わせて頷く。


「ヒルマンとあたしが屋敷に入る。ヒルマン、あんたは鬼面の連中を引き付けて、ここまで連れてきなさい」


「へ? へい。姐サン」


 今回も、がんばってね。期待している。


「テディとキヌエは、ここに残ってヤツらを迎撃」


 頷くテディとキヌエ。


「連中に一人だけ強いヤツがいるみたい。そっちは、あたしがやるわ」



 鬼面猿猴の連中に気づかれないよう、ボクたちは破られた窓から屋敷内に潜入した。

 ボクとスピカは、「隠密」スキルを使用しながら二階へ向かう。

 「隠密」スキルを持たないヒルマンは、足音を立てないよう、慎重にボクたちの後に続いた。


 屋敷のなかは、目を覆いたくなるほどの凄惨な光景が広がっていた。

 あちこちにできた血だまり。そこに沈む骸。

 老若男女を問わず、いたるところに転がっている。


 彼ら彼女らが身に着けていただろう指輪、腕輪、ペンダント、ブローチなどは、みな剝ぎ取られていた。


「あ、ぐっ……、きゃあああぁっ!」


「きゃはははっ! いい声ね、いいわ、胸に迫るわぁ、素敵ィ! ねえ、もっと、もっと聞かせてぇ」


「エ、エマ、エマあっ! 頼む、もう、もうやめてくれっ」


 二階からは、そんな声が聞こえてきた。


 ボクたちは、正面玄関の奥にある階段から二階へ向かう。


 階段を上って右。

 その突き当りをまた右へ。

 その先の奥の部屋。


 破壊された部屋の扉から、明かりが漏れている。

 なかの様子までは分からない。


 部屋の前に見張りは立っていない。

 生存者は、部屋のなかにいるヒトだけなのだろう。


 ボクはスピカの顔を見上げた。

 彼女が頷く。


 ボクは、とてとてと奥の部屋へ向かって歩いていく。

 スピカやヒルマンよりも、ネコのボクが部屋の様子を見に行く方がいい。


 たとえ発見されても、ネコならば連中は気にしないだろう。

 どこからか、迷い込んできたネコくらいにしか思わない。


「ハァ、ハァ……。うふふふふ」


 ボクは、ニンゲンの声がする部屋をそっと覗き込んだ。


 テーブルはひっくり返され、床に花瓶が転がっている。

 明かりが外へ漏れないよう、窓には黒い布が張られていた。


 部屋のなかには、黒装束を着た五人のニンゲン。全員、猿の仮面をしている。

 彼らが「鬼面猿猴」か。

 そして、貴族と思われる二十代くらいの男性と女性がいた。


 金髪銀眼の貴族男性が、椅子に拘束されている。拘束魔法をかけられているらしい。傷を受けたのか、右の肩口から切り裂かれた白いシャツが赤く染まっている。


 けれども、傷は見えない。わざわざ、治癒魔法で傷を塞いだのだろうか?


 貴族男性の足元には、菫色の頭髪をした女性。上半身裸、うつ伏せの状態。

 その彼女の身体をふたりの鬼面猿猴が取り押さえていた。


 露わとなった彼女の背中には、無数の傷がつけられている。


 彼女の隣に、額から一本の角が伸びた猿の仮面をしたニンゲン。片膝をついて座っている。


 周囲の様子からすると、コイツがリーダー格のようだ。

 手にナイフを持っている。ギザギザの刃が不穏な光を放っていた。

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