第5話 瑠璃の君
黒猫シャノワと遊女スピカが、カヲルコ・ワルラスにコンタクトをとる算段を立てている頃――
ヴィラ・ドスト王国第一王子レヴィナス・ヴィラ・ドストは、リスト公爵とともにテスラン共和国オストラント州の中心都市オーゾンを訪れた。
テスラン共和国オストラント州は、ドラクルス王国、アルメア王国と国境を接する地域である。親ヴィラ・ドスト派の政治家フンテラルが州知事となっている。
オーゾン中心街、とある噴水広場の人だかり。
街ゆく人々の視線を集めている白いローブを纏った中年男性。リュートをかき鳴らし、踊りながら歌っている。
彼の名はティカレスト。
かつてはノウム教会の司祭だったが、教会の体質に嫌気がさし還俗したという。
ノウム教会枢機卿ハウベルザックの友にして、アルメア王国第一王子レオンのお抱え吟遊詩人。あの遊女スピカが「先生」と呼び尊敬する人物だ。
噴水広場を流れるティカレストの歌声とリュートの音色。
教えてください♪
聞かせてください~♪
ワタシの故郷は、死にますか?
ワタシの祖国は、死にますか?
アノ山も、野原も、川も、海さえも~♬
アノ空を焦がして、逝ってしまうのですか?
満天の夜空~♪
白金色のお月さま♬
教えてください♪
聞かせてください~♪
噴水広場の人だかりのなか、白金髪の青年が吟遊詩人ティカレストの演奏に聴き入っていた。
整った顔立ちに、涼やかな瑠璃色の瞳。美しい白金髪の長髪を紐でポニーテールように縛っている。
年齢は二十代前半くらいだろうか。
身長は周りの男性よりも頭一つほど高い。濃紺を基調とした貴族服に身を包んでいるからか、華奢な印象を受ける。
近くにいる女性たちは、ティカレストの歌声を聴きながらこの青年をチラ見していた。
この青年、ドラクルス王国の第二王子、名をラピス。「
「瑠璃の君」ラピスは、その二つ名通りの瞳をティカレストに向けていた。
ラピスの背後から近づく金髪をスパイキーヘアにした悪魔メイクの青年。「竜虎のウロボロス」の模様が刺繍された派手な打掛を纏っている。
「よっ、久しぶりだなぁ、『瑠璃の君』」
金髪スパイキーヘアの青年が、ラピスの肩を叩く。
聞き覚えのある声だったが、ラピスは眉間に皺を寄せ、あえて声の主を無視した。
「おい、オレだよオレ、レぶっ……」
振り向いたラピスに、レヴィナスは口を塞がれた。引き摺られるようにして、噴水広場から少し離れた建物の陰に連行されるレヴィナス。
「貴様、どういうつもりだ!?」
「なんだよ、声かけただけだろうが」
「誰が見ているか、分からないのだぞ。お前は、警戒心というモノが著しく欠如している。俺に話しかけるな!」
「あ? なんでだよ?」
「お前のそのイカレた恰好だ。周辺諸国でも知らない者はいない。極秘会談ではなかったのか?」
ふとなにかに気が付き、辺りを見回すラピス。そわそわして、落ち着かない様子になった。
「べつに、いいじゃねぇか。そんなピリピリすんなよ」
レヴィナスは、視線をティカレストの方へ向けて言った。
レヴィナスは、王立学院を卒業後、諸国漫遊の旅に出ていたことがある。
アルメア王国の都市マイステルシュタットにある妓楼「乙星や」で、彼は遊女スピカ、ツバメと出会い、そして同じころ「乙星や」を訪れた「瑠璃の君」ラピスと出会った。
やがてレヴィナスとラピスは、スピカをめぐって「恋の迷勝負」を繰り広げた。勝利の女神が微笑んだのは「瑠璃の君」ラピス。
しかし、幾多の戦いを重ねるうち、ふたりの間には「男の友情」めいたモノが育まれていった。
今では、外遊のさいに落ち合って食事をしたり、観光を楽しむ仲である。
ただ、今回は、いつものように気楽な話ではない。
「んで、お前んトコは、どうするか、もう決めたのか?」
「……このようなところで、話すことではないだろう」
周辺では、数組のカップルがイチャイチャしている。ふたりとも気まずそうに俯く。
「ば、場所を変えよう」
作り笑いを浮かべながら、レヴィナスは鼻を掻いた。
「会談のときではダメなのか?」
「いんや、いちおう声掛け兼調整役? としては、事前にドラクルスの態度を知っておきてぇんだ。他は、聞かなくても判り切っているしな。まぁ、ついてこいよ。いい店知ってんだ」
仕方なさそうに、ラピスは一つため息を吐いた。
レヴィナスについて行くと、中心街にあるレストランへと案内された。
「ようこそ、いらっしゃいませ。本日は、いかがなさいますか?」
テーブルに着くなり、女性が注文を取りに来た。
レヴィナスが、あれこれと料理を注文する。
しばらくすると、大皿に盛られたパスタが運ばれてきた。
ゆでたパスタを細切れのベーコン、ニンニク、塩、胡椒、鷹の爪と一緒にオリーブオイルで炒めたシンプルなものだ。
ラピスが好んで食べるパスタだった。
「本当に、なにを考えている?」
「なにが?」
大皿に盛られたパスタを、レヴィナスは器用にフォークとスプーンを使い小皿に取り分けている。
「ラステル・クィンを亡命させたのは、お前だろう?」
レヴィナスは笑みを浮かべて、ラピスに取り分けたパスタを差し出した。
「どうかなー」
ラピスはレヴィナスから小皿を受け取ると、くるくるフォークを動かしてパスタを巻き付ける。
「とぼけるな。ラムダンジュ不適合者をテスラン方面へ亡命させるなど、いくら何でもバスク侯爵がするとは思えん」
ラピスが探るような目で、レヴィナスを見ながらパスタを口に運ぶ。
レヴィナスは笑みを浮かべながら、無言でフォークをくるくる動かしていた。
やがて、給仕の女性が大きな皿を持って現れた。
皿の上には焼きたてのピザ。
それは「ヒナギク」という、トマトソースとモッツァレラチーズ、バジルをのせただけのシンプルなピザだった。
こちらは、レヴィナスのお気に入りである。
レヴィナスは、手際よくピザを切り分けていく。
小皿に二枚ほど切り分けたピザをのせて、ラピスに差し出した。
「知ってるか? このピザはな、ピザ職人がプロポーズするときに作ったのが由来らしいぜ。『ヒナギク』ってのも、その女の名前なんだとさ」
ラピスは怪訝な表情で、小皿の上のピザを見た。なにかのツッコミ待ちなのか。
「で? お前は、俺にプロポーズしているのか?」
視線を上げて、レヴィナスの方を見る。ラピスはレヴィナスの意図を図りかねていた。
「かもな」
レヴィナスは、両肘を立てて手を組み、その上に顎をのせニッと笑って見せた。
この男の場合、表情が悪魔メイクに隠れてしまい、本気なのか、ボケなのか判断が難しい。
ラピスは、努めて平静を保つことにした。
「悪いが、心に決めた女性がいる。お前の申し出は受けられない」
そう言って、ラピスは行儀よくナイフとフォークを使い、ピザを口に運ぶ。
「言葉どおり捉えんな。そして冷静に断んな」
「じゃあ、なんだ?」
「オレと手を組まないかって言ってんだよ。ラステル・クィンのことさ。お前が、密かに庇護してくれないか? なんなら、お前の女にしてもいいぜ」
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