第4話 遊女と魔導騎士
アメジストを嵌め込んだような瞳で、カヲルコを見据える少女。
ぽてりとした唇の両端を上げている。
紅い生地に
この少女は、スピカ。大盗賊「ハルカ」の頭領である。
カヲルコは背中に冷たいものを感じつつ、魔力循環を高めた。
スピカの動きに警戒しながら、慎重に距離を詰める。
カヲルコがスキル「フェニックステイム」を発動すると、辺りにカラスたちが群がってきた。
対するスピカは身動き一つしない。笑みを浮かべながら、アメジストのような瞳をカヲルコに向けている。
――ダメッ、カヲルコ逃げてっ!
神剣「
「草薙」は、いわば血に飢えた狂剣。敵や魔物と対峙すれば狂喜する。
その「草薙」が、逃げろと叫ぶ。
あまりに危険すぎる相手だと。
カヲルコは剣を抜き、一歩後退った。
「あら、素敵な剣を持っているのね」
スピカはカヲルコの剣を見ると、瞬きして言った。
カヲルコの剣は、透きとおった細身の刀身。金剛石で作られたものと伝わる。
――いやぁん、それほどでもぉ。ウフフフフ。
神剣「草薙」の場違いなコメントをよそに、カヲルコは焦りの表情を浮かべていた。
カヲルコが剣を抜いたにもかかわらず、スピカは一歩たりとも動かない。
それどころか、余裕の笑みさえ浮かべている。
スピカはカヲルコの間合いの外にいる。
もう少し距離を詰めないと、カヲルコの剣はスピカに届かない。
どうやらスピカは、カヲルコの間合いを見切っているらしい。
ニィ。
背後でした鳴き声に、カヲルコの肩が跳ねる。
振り返ると、黒猫がちょこんと座り金色の瞳でじっとカヲルコを見上げていた。
黒猫シャノワだ。
シャノワの全身から、膨大な量の魔力が溢れ出すように立ち昇る。
カヲルコは、咄嗟に剣を正眼に構えた。
「な、なんなの、このコ。本当にネコなの!?」
ニィ。
ネコにあるまじき魔力量に、カヲルコは思わず後退った。
背後にいるスピカが尋ねる。
「ふふっ、カヲルコ・ワルラス。あなたに聞きたいことがあるの。二年前のことよ。あなたも、ラステル・クィンの亡命に協力したのでしょう?」
カヲルコがスピカの方へ振り返って、脇構えに剣を構えた。
けたたましく啼くカラスたち。
「あなたに指示したのは、レヴィナスかしら?」
その瞬間、カヲルコは地獄変相図の少女に斬りかかる。スピカは、その斬撃を後方に飛んでひらりと躱す。
ふたたび脇構えの型をとるカヲルコ。
「いきなり斬りかかってくるなんて。ずいぶん血の気の多いお嬢サマね」
スピカが腰に佩いている神剣「
透きとおった刀身の外延が、ほのかに青白い光を放っている。
――あわわわわ、やっぱり、アレは兄サマ……。
「そ、その剣、まさか、神剣!?」
カヲルコが、目を見開く。スピカは笑みを浮かべたまま、カヲルコを見ている。
――引きなさい、カヲルコ。アレこそは、アタシの兄サマにして最上位の神剣、天叢雲! アノ女は、その神剣が
草薙の言葉を聞かず、スピカとの距離を詰めて剣を振り下ろすカヲルコ。その斬撃をスピカは天叢雲で受け流して、ひらりと身体を入れ替えた。
「ごめんね。今日はあなたと遊ぶ時間は無いの」
パリリリッという音とともに、スピカの周りで放電が生じる。
スピカはその
「な、なに!?」
――
身体に
「あなたとは、本気でヤッてあげる。女同士もいいモノよ、うふっ」
カヲルコに流し目を送りながら、スピカは剣の峰に軽くキスした。
スピカの纏う
ガアー、ガアー、カアッ。
カラスたちが、カヲルコを助けようとスピカの周りに集まってきた。
「よしなさい。みんな焼き鳥にしちゃうわよ」
カアッ!? クワアァッ!
驚いて、バサバサと一斉に飛び立つカラスたち。
スピカがニコッと微かに笑った刹那、その姿はカヲルコの視界から消えた。
つぎに、カヲルコの瞳が捉えたスピカの姿。
地面すれすれを滑空するように向かってきた。それは、獲物に襲いかかる鷹のようだった。
「な、うそ!?」
金剛石で作刀した二柱の神剣がぶつかり合う。
カヲルコを襲うスピカのスキル「
「あああっ!」
なんとかスピカの剣撃を防いだものの、雷撃を受けたカヲルコは膝をついた。
王宮の守護者アモンでさえ、耐えることができなかった雷撃。しかしカヲルコは、どうにか踏みとどまったようだ。
「うふふっ。『
――剣技「
剣聖技のひとつとされている。滑空するように相手に迫り、すれ違いざまに数撃の剣撃を打ち込む剣技だ。まるで鷹が獲物を襲うときのような姿からこの名がついた。
アルメア王国の「剣聖」アリスは、この剣技を二柱の神剣で扱うという。
国によっては、剣技「飛鷹」を扱える者を「剣聖」と呼んでいることがある。
もっとも、この剣技を扱うことができるというだけで「剣聖」とされるワケではない。「剣聖」とは、本来、「ドラゴンローズ」(竜晶石)という魔石を持つ者に与えられる称号だ。
神剣『草薙』から教わっているため、カヲルコも剣技「飛鷹」を扱うことができた。
しかし、剣聖技と言われるほどレアな剣技だ。
カヲルコは、これまで「飛鷹」の使い手を相手にしたことはない。カヲルコを除き、騎士団庁にも「飛鷹」の使い手はいない。
しかもスピカのそれは、速く鋭く重い。さらに雷撃の追加効果までついている。
「あ、あなたは、いったい何者なの!? まさか剣聖アリス?」
身体の自由が利かないのか、カヲルコは片膝をついたままの体勢を保つので精一杯のようだ。
「ぶっぶー! ザンネンでした。正解は、……通りすがりの遊女でーす。ちなみにアリスちゃんは、雷属性の魔力を使えませーん。知らんけど」
スピカが、びーっと薄紅色の舌を出して答える。
スピカは、アリスと面識はない。けれども、アリスが雷属性の魔力を扱えないという情報は持っていた。
「さてと、教えてくれる? 二年前のこと」
カヲルコの間合いの外で、スピカは笑みを浮かべながら尋ねた。カヲルコは雷撃の影響でまだ立ち上がることができない。
「斬って。残念だけど、話すことはできない」
「言っておくけど、それは犬死になるわ。だって、あたしはマイステルシュタットで、ラステル・クィンに会っているの。銀髪でラピスラズリを嵌め込んだみたいな青い目のコでしょ? 可愛い子よね」
笑みを深めるスピカ。大きく目を開いてスピカを見るカヲルコ。
「あたしはね、レヴィナスが、どうしてラステルを亡命させたのか? ワケを知りたいの」
「それを知ってどうするの?」
「あなたが、それを知る必要はないわ。あたしは当時のコトを教えて欲しいだけ。ああ、でも安心して。第二王子派や第三王子派の貴族に漏らしたりはしない。約束する」
カヲルコは膝をついたまま、しばらく無言で俯いていた。
黒猫シャノワが、とててっとカヲルコに近寄ってきた。
カヲルコの膝に前足を乗せて、彼女の顔を見上げる。
カヲルコはシャノワに視線を向けると、肩を落とし観念したように話始めた。
「レヴィナス……王子は、ある日、私のところへ来て『計画に協力して欲しい』と言ったの」
シャノワの背中を撫でながら、カヲルコは話を続ける。
計画とは「ラステル・クィンの亡命」だった。
テスラン共和国方面へ亡命させるので、ラステル・クィンの一行を見逃して欲しいという。
「なぜ、テスランなのか。私には分からない」
カヲルコは首を左右に振った。
これが、反対側のオルトナ王国方面なら、まだ理解できた。オルトナ王国はレヴィナスの母方の実家であるゼメキス公爵と縁がある。ゼメキス公爵の第一夫人は、オルトナ王国の王女だったからだ。
「亡命の計画は、誰が立てたの?」
スピカは剣を鞘に収めて、シャノワを抱き上げた。
「亡命の計画自体はレヴィナス王子のほか、エリオン・アドラー様、騎士団庁の同僚ディラン・ベルトラントの三人で立てたと聞いているわ」
エリオン・アドラーは、ヴィラ・ドストの有力貴族アドラー伯爵の息子である。公表はされなかったが、王女サクラコ・ヴィラ・ドストの婚約者だった。
三人の名前を聞いた黒猫シャノワは、耳をぴこぴこさせている。
――ディラン・ベルトラント、そしてエリオン・アドラーか……。
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