第3話 戦慄する神剣
カヲルコ・ワルラスは花束を抱えて、墓標の前に立っていた。笑顔を見せてはいるけれど、翡翠色の瞳は悲し気に揺れている。
「姉さま。遅くなって、ごめんね」
そう言うと、かがんで花束を墓標に手向けた。
墓標の下に眠るのは、彼女の姉セイラン。王女サクラコの筆頭側仕だった。
四年前のサクラコ暗殺事件のさい、首に矢を受けて命を落とした女性だ。
二歳はなれた腹違いの姉で、セイランが八歳のとき他家へ養子に出されていた。養子に出された後も、セイランとカヲルコは仲のいい姉妹だった。
定期的にカフェで会って話をしたり、手紙のやり取りをしていた。お互い仕事に就いてからは、休暇の日を合わせることが難しくなったため旅行はしていない。
――つぎに会えるのは、姉さまの結婚式かもね。
――あら、カヲルコちゃんかもしれないわ。
それが、最後に交わした姉妹の会話だった。
事件の後、セイランの亡骸は、ノウム教会総本山ラノセトル大聖堂の裏手にあるこの地に埋葬された。主として、王都に居を構える伯爵位以上の貴族たちが利用している墓地だ。
カヲルコは、毎年、セイランの命日に休暇を取ってこの場所を訪れている。
けれども最近、隣国テスランの動きが穏やかでない。
そのため今年は、思うように休暇を取ることができなかった。
騎士団庁本庁へ状況報告した帰りに、ようやくここへ来ることができたのである。
いつもは黒のドレスを着て訪れるが、今日は白銀の鎧姿だ。
カヲルコは墓標の前に立って、瞳を閉じている。泉下の姉に何を語っているのだろうか。
青く光る空の下、初夏の爽やかな風がカヲルコの頬を撫でながら通り過ぎていく。
彼女は、そのまま一時間ほどセイランの墓標の前に立っていた。
「じゃあね、姉さま。また来るから」
ゆっくりと瞼を上げたカヲルコは、微笑みながら墓標にそう声をかけた。セイランが眠る墓標に背を向ける。
セイランの墓標は、遠ざかっていくカヲルコの背中を静かに見送っているようだった。
墓地を出たサクラコは、ラノセトル大聖堂へと続く道を歩く。
「ん? あの男……」
カヲルコの先を、縮れ毛ヒョロガリの小男がひょこひょこと歩いていることに気が付いた。どこかで見たことのある後ろ姿だ。
しかし、なかなか思い出せない。誰だっけ? 誰かしら? と記憶を探り、ようやく思い出した。
「ヒルマン?」
どうやら、こちらには気が付いていないらしい。
そういえば、騎士団庁を辞めたと風のウワサで聞いていた。さらに、副長官ニコラウスに追われているとも。
国境周辺の状況を報告したさい、ニコラウスから元魔導騎士ヒルマンを発見したら、居場所を突き止めるよう念を押されていた。
すでに、カヲルコのなかでヒルマンの記憶はおぼろげだ。街ですれ違っても、絶対気が付かない自信がある。
それに加え、ヒルマンを捕えるのではなく、追跡して彼の居場所を突き止めろという。疑問を感じてはいるが、上司からの指示だ。
カヲルコはため息を吐くと、気配を消してヒルマンを尾行することにした。
しばらく尾行しているとヒルマンは、ラノセトル大聖堂へ続く道から繁華街の裏通りへ続く小路に入っていく。
小路の周辺は、樹木が生い茂っている。見通しは良くない。カヲルコはヒルマンを見失わないよう、樹木に身を隠しながら追跡する。
するとヒルマンは突然立ち止まり、後方を気にするそぶりを見せた。カヲルコは咄嗟に樹木の陰に身を潜める。
ヒルマンがくるりと回れ右をして、不敵な笑みを浮かべた。
「カヲルコォ、オイラに用かい?」
ヒルマンは、カヲルコの尾行に気づいていたようだ。誘い込まれたのかもしれない。
「お前ェのせいで、オイラ、騎士団庁をクビになっちまったよォ!」
いちおう断っておくが、ヒルマンが騎士団庁をクビになったのは自業自得。
カヲルコのせいではない。八つ当たりも甚だしい。
ヒルマンは片膝をついてしゃがみ、地面に両手をついた。
すると、周囲の樹木がうねるように動き始め、枝が手を伸ばすようにカヲルコに迫る。
さらに、急速に伸びた蔓草がカヲルコの足元に絡みつく。
ヒルマンのスキル「植物操作」。大地に魔力を流して、樹木や草花を操作する。
「くっ! ホントにイヤらしいスキルね」
カヲルコは、足に絡みつく蔓草に不快な表情を見せた。
武術はからきしだが、魔導騎士にまでなった男だ。魔力量は、その辺の騎士よりもずっと多い。魔法戦に限定すれば、カヲルコであっても手を焼く相手。
カヲルコは瞬時に魔力循環を高め、身体強化魔法を使用して跳躍する。足に絡みつく草を引き千切るようにして、強引な脱出を図った。
さらに、彼女を拘束しようと樹木の枝や蔓が迫る。カヲルコは剣を抜いて、それらを薙ぎ払った。
――ちょっとお、アタシは、草刈鎌じゃないんだけどっ!
佩刀、神剣「
打ち据えるように、上下左右からカヲルコを襲う樹木の枝。
左右から迫る枝を躱しながら切り落とす。
そして、頭上から振り下ろされる樹木の枝を叩き切る。
すると、周囲の草木の動きが止まった。
カヲルコは周辺を見回した。ヒルマンの姿がどこにも無い。
「逃げられた……」
しかし、追跡の手立てを失ったわけではない。
カヲルコには、スキル「フェニックステイム」がある。
その名の通り、幻獣フェニックスを使役できるスキル。ここにフェニックスはいないが、カラスならいつでも使役できる。
カラスたちに探索させて、ヒルマンを発見すればよい。
カヲルコが、カラスたちをスキルで呼び寄せようとしたときだった。
リィーン。
神剣「草薙」の鞘の先に付いた鈴が鳴る。
鈴の音は、敵が現れたという警告。
彼女は、後方にただならぬ気配を感じて振り返った。
そこに立っていたのは着物姿の少女。
紅い生地に
唇の両端を上げて、カヲルコを見据えていた。
――カヲルコ! ヤバい、アレはヤバいよっ!
その少女の存在に、神剣「草薙」が戦慄していた。
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