第2話 誓約の盃②

 ――スピカが盃を与える。

 それは、盗賊「ハルカ」の一味に加えることを意味する。


 ヒルマンは目をぱちくりしながら、スピカとキヌエを交互に見ていた。これからなにが起きるのか、まったく解っていないようだ。


「まぁ、ヒルマンさんにですか?」


 竜人女性のキヌエは無表情な金色の瞳で、じっとヒルマンの様子を見ている。


「ひっ!」


 キヌエの冷たい視線を受け、ヒルマンの肩がびくっと跳ねる。

 これが、蛇に睨まれた蛙というヤツかもしれない。


 わたわたと、ボクの背後に隠れた。


「ええ。略式でいいわ。それから、楼主のテディを呼んでちょうだい」


「かしこまりました」


 そう答えると、キヌエは襖を閉めて楼主テディのいる部屋へと向かった。


 ヒルマンの「ハルカ」加入は、大婆様ツバメの「推し」によるものだ。

 さっぱりダメ男とはいえ、元魔導騎士クロムリッター。とりわけ、ツバメが彼の「植物操作」スキルをいたく気に入ったらしい。


 ――絶対、面白いヤツだからぁ、笑えるからぁ。大丈夫よぉ、アンタなら、アイツの面倒くらいカルイ、カルイ。ね、ね、お願い! スピカちゃん。


 見た目幼女の「大婆様」が、ものすごくイヤそうな顔で渋るスピカに縋りつき、なぜか瞳を潤ませて懇願した。


 それにしても採用の理由が、役に立つとか、有能といったモノではなく、面白いとか笑えるとかって。


 冒険者ギルドの経営者として、ボクは「ハルカ」の懐の広さを思い知った気がした。


 「大婆様」ツバメという重鎮から、ここまで情熱的に迫られては拒否できない。スピカは、しぶしぶヒルマンの「ハルカ」加入に同意した。


 さすがのスピカも根負けしたらしい。

 

 ただし「ハルカ」加入のタイミングは、スピカが決めるというコトで話が付いた。


 そして、機は熟した、……らしい。


「お頭、失礼いたします」


 しばらくすると、黒髪に白髪の混じった初老の男性が現れた。「織姫や」楼主のテディだ。着替えてきたのか、黒の紋付き袴という姿だ。


 彼に続いて、キヌエが三宝さんぽうと呼ばれる木製の神具を両手で持って、そろそろと部屋へ入ってきた。


 三宝の上部、折敷おしきの上には、神具がふたつ。

 瓶子へいしという、瓢箪がみたいなかたちの陶製の白い神具。お酒を入れるモノだ。

 瓶子の隣に、白い素焼きの盃。これにお酒を注ぐのだろう。


「頭領はこちらへ。ヒルマン、お前さんはこっちだ」


 テディの案内で、ふたりは三宝を挟んで向かい合うように座る。

 スピカが上座、ヒルマンは下座だ。


 そして自分は三宝の隣、スピカの右側に正座した。キヌエは、テディの後ろで目を閉じたまま正座している。


 そういえば、「ハルカ」加入の儀式って、初めて立ち合うね。


 楼主のテディを見届け人として、ヒルマンの「ハルカ」加入の儀が始まる。


「では、これより『誓約の儀』を始めます。なお、この度は、略式ということで、『明かしの儀』『やいば合わせの儀』は、割愛いたします。ご両人とも、それでよろしゅうございますか?」


 テディは茶色の瞳をスピカ、ヒルマンの順に向けた。


 「明かしの儀」は、なにをするのかよく分からないね。

 「刃合わせの儀」は、なんとなく想像できる。

 たぶん、剣の勝負でもするのだろう。勝った方が親分とか、負けたら子分になるとかかな?


「はーい」


 と、答えるスピカ。


「へ? へい?」

 

 よく分かっていないが、答えるヒルマン。

 

 ふたりの同意を確認したテディは、頷いてからヒルマンの方へ顔を向ける。


 テディが咳ばらいをして、口上を述べる。


「子分、ヒルマン。あなたは頭領スピカを親分とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、親分を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」


 ボクは言葉を失った。


 それは、昔、ニンゲンの結婚式場へ忍び込んだときに聞いた言葉だった。


 ……しかも教会式。


「ふへ? 頭領? へ、へい」


 返事をするヒルマン。


 ツッコむトコは、そこじゃないと思う。


 テディが、スピカの方に顔を向ける。


「頭領スピカ、あなたはヒルマンを子分とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、子分を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」


「……誓います」


「それでは、親子の盃を親分スピカから子分ヒルマンへ与えてください」


 キヌエが立ち上がって三宝の側に座り、瓶子から盃に酒を注ぐ。


 スピカは傍らに置いていた神剣「天叢雲」を数センチほど抜いて、刃の部分を軽く右親指で擦った。


 そして盃に注がれた酒に、自分の血を一滴落とす。

 彼女の赤い血が、白い盃のなかに広がった。


 スピカが、その盃をヒルマンに左手で差し出す。


「飲みなさい」


 ヒルマンが震える手で、その盃を受け取った。盃のなかを、じっと見詰めている。

 あまりにも厳かな儀式に戦慄しているのだろうか?


 まぁ、血を混ぜた酒を飲めって、誓いの儀としては重いよね。


 しかし、それはボクの勘違いだったコトが、すぐに判明する。


「ねねねね、姐サンの血、姐サンの血、ふへへへへへ……」


 とヒルマンは気持ち悪いコトを呟きながら、その盃に口を付けた。

 ちううううぅぅと音を立てて飲んでいる。

 とんがった唇で、盃を啜る顔もキモイ。


 その様子を見て、スピカも顔を顰めている。


「今から、アンタは『ハルカ』の一味だから」


 イヤそうな表情で、スピカはヒルマンにそう告げた。


「いっ!? は、ハルカってーと、アノ、大盗賊『ハルカ』?」


 眉間に皺を寄せて、目を閉じ頷くスピカ。


「ええ。裏切りはもちろん、足抜けも許ない。覚悟してね。裏切り、足抜けは命で……」


「ヒャハーッ、コイツはスゲェ! オイラ、大盗賊になっちゃったよォ‼」


 ヒルマンは大喜びして、へんな動きの踊りを始めた。

 その様子を見て、ひくひくっと顔を引きつらせるスピカ。


 ボクはスピカを見上げながら、てしてしと彼女の膝を叩く。


 スピカは頭を抱えて、深いため息をついた。

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