第5章 時代の渦に翻弄されるネコ②
第1話 誓約の盃①
ヴィラ・ドスト王国王都の繁華街に軒を連ねる
この妓楼の一階には、広い造りの座敷がある。
ボクはスピカの隣でまあるくなって、そこから見える庭園を眺めていた。
くねくねといいカンジに曲のついた庭木と苔生した風情のある大きな庭石が並べられている。風光明媚な場所の一部を切り出したような庭園だ。
ときどき、池の水がパシャと跳ねる。きっと、あのまるまると太った錦鯉たちが、尾びれを揺らして泳いでいるのだろう。……じゅるっ。
「カヲルコ・ワルラスが王都に来るそうよ。騎士団庁への定期報告かしら?」
ボクの背中を撫でながら、スピカがそう言った。ボクは目を閉じた。
スピカはボクの依頼を受けて、ラステル亡命に関与したヒトたちの情報を集めている。
ここまでの調査をつうじて判ったのは、第一王子レヴィナス・ヴィラ・ドストが首謀者だったコト。
別件で、王城エフタトルムへ潜入したさいに、王宮の守護者アモンと遭遇した。
ラステルの側仕だったターニャ・ロズバードの証言から、アモンもラステルの亡命に関与したことが判っている。その彼が証言した。アモンに助力を要請したのが、レヴィナスだったと。
問題は、ラステルをテスラン方面へ亡命させた目的だ。そこにアルメア王国、ひいてはレオンを巻き込むような謀略があるならば、対処しなければならない。
レヴィナスから直接話を聞くため王城へ出向くことも考えた。けれども、「大婆様」ツバメによると、彼は不在なのだそうだ。このところ王城内で姿を見た者もいないという。ツバメでさえ、彼の行き先を知らなかった。
いったい、どこへ行ったのだろう? 第一王子のクセに自由すぎる。
こんな放蕩王子の帰りを待つのは時間のムダだ。
そこで、ラステル亡命に関与したと思われるカヲルコ・ワルラス、ディラン・ベルトラントとのコンタクトを模索していた。
厄介なのは、どちらも騎士団庁所属の
こっちは「盗賊」だからね。
ディラン・ベルトラントは、普段、王都にある騎士団庁本部で任務にあたっているらしい。けれども間の悪いコトに、現在、オルトナ王国方面へ出張中という情報が入っている。
カヲルコ・ワルラスの方は、テスラン方面の国境警備の任務にあたっているらしい。こちらは、普段、王都にいないというコトだ。
その彼女が、王都へやってくる。カヲルコに接触する絶好のチャンスだ。けれど、どんな用事だろうか?
「カヲルコは、テスラン方面の国境警備をしているよね。報告だけなら、文書でするんじゃない?」
「そうよねぇ」
スピカも釈然としない様子だ。
とはいえ、このチャンスを逃す手はないだろう。リスクはあるかもしれないけれど、カヲルコが王都に滞在している間に「ラステル亡命事件」のコトを詳しく聞いてみたい。
池を望む部屋で、ボクとスピカはカヲルコ・ワルラスに接触する算段を立てるコトにした。
しかし変にアポイントを取ると、多人数で待ち伏せされて大騒ぎになる可能性もある。彼女がひとりになったときを狙って、聞き出したいところだ。
「話は聞かせてもらったぜ」
エルフのような長鼻をしたヒョロガリで縮れ毛の小男が、ニカっと笑みを浮かべて、縁の下からひょこっと顔を出した。
スピカが人払いをしていたコトもあって、ボクも油断していた。索敵スキルは、もちろん使用していない。周辺の音にも、まったく注意を払っていなかった。
どうやらヒルマンが仕事を抜け出して、ここでサボっていたらしい。気配を消して隠れていたようだ。
彼は部屋に上がると、ボクたちの方へ近づいて来た。
「カヲルコ・ワルラスに会うってんなら、オイラも……」
スピカが、こてんと首を傾げて笑みを浮かべる。彼女は傍らに置いていた神剣「天叢雲」を抜いて立ち上がると、ヒルマンの首筋に刃をあてた。
「ひゃあっ!? な、なにするんだよォ、姐サン」
ワケが解らないという表情で、後退りするヒルマン。
「仕事をサボって盗み聞きとは、いい趣味してるじゃない? いったい、何を聞いたのかしら? 今すぐ天に昇るか、地獄へ落ちるか決めなさい」
笑みを深めるスピカ。
「ひえ、えええっ!?」
ヒルマンが、目を丸くして声を上げた。
彼はスピカに睨まれ、冷汗をダラダラ流しながら後退る。スピカが、その動きに合わせるように神剣「天叢雲」を彼の首筋に当てながら、じりじりとヒルマンに迫る。
「スピカ、やめなよ。油断したボクたちも悪いよ」
ボクはスピカの足元にちょこんと座り、彼女を見上げる。
ヒルマンは、ニンゲンの言葉を話すボクを見て瞬きすると、なんだか嬉しそうに笑みを浮かべた。
「おおっ、やっぱり、アンタただのネコじゃなかったんだな! なんか、こう、気品漂っちゃってるから、スゲェ猫だと思ってたんだよォ」
とか言って、ネコのボクにゴマを擂り始めた。調子のいいヒトだ。
スピカは、あきらめたようにため息をついた。
「もう少し様子を見ようと思っていたけれど、仕方ないわね」
彼女は剣を鞘に納めると「キヌエ、いる?」と手を叩いて人を呼んだ。
「お呼びでしょうか?」
銀髪の女性が、襖を開けて声をかけた。
女性は、爬虫類のような虹彩のかたちと顔立ちをしている。
ノウム教会圏において「亜人は、人になりそこなった魔物」と考えられている。このため、差別の対象になっているコトが多い。
エルフや獣人でもアルメア王国東部でたまに見かける程度。ヴィラ・ドスト王国では珍しい。竜人にいたっては、まず西側の王国にやって来ない。
そして、キヌエと呼ばれた竜人女性は、盗賊「ハルカ」の一味らしい。あらためて、「ハルカ」の勢力範囲の広さを思い知らされた。
「コイツに盃あげることにしたから準備して」
ヒルマンの方を見ながら、スピカがキヌエに指示する。
「へ? え?」
ヒルマンは、ただ間抜けな声を出して、スピカの方を見ていた。
彼は、今、人生の大きな転機を迎えようとしている。
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