幕間 おふろの時間

 老作家ポッサさん、久々の登場です。


 🐈🐈🐈🐈🐈


 時間を忘れてお話しているうちに、日が沈んで暗くなってしまった。

 お話を書き留めているポッサの手元も、流石に見にくくなってしまう。


 ボクたちは部屋のなかへ移った。


 ポッサは机の側に、まあるい椅子を置いてくれた。

 ボクは、その椅子にひょいと飛び乗ってちょこんと座り、お話を続けた。


 ポッサも椅子に座り、じっとボクのお話を聞いてくれた。


 ヴィラ・ドスト王国で、ヒルマンというポンコツ魔導騎士に出会ったこと、スピカとエフタトルム城へ潜入したこと。王宮の守護者アモンと出会ったこと。


 そして、


 ラステル亡命の黒幕が、ヴィラ・ドスト王国第一王子レヴィナス・ヴィラ・ドストだったこと。


 ボクのお話を聞きながら、ポッサは一言も書き漏らすまいと必死にペンを走らせる。

 いちおう、ニンゲンの文字を読むことはできるけれど、ノートは彼にしか読めない文字で埋め尽くされている。


 ポッサはペンを走らせながら魔導騎士ヒルマンの話に笑みを浮かべ、エフタトルム城内にあるディオトルム宮殿地下牢に囚われていた少女たちの話に顔を顰め、王宮の守護者アモンの存在に戦慄の表情を浮かべた。


 ラステル亡命の黒幕がレヴィナスだと聞いたときには、驚愕のあまり「ええっ!?」と声を上げた。このときばかりは、手を止めて顔を上げた。


 わかるよ。ボクも固まったもん。だって、第一王子だよ? びっくりするよね。


 ポッサは、天井を見上げるようにして大きく息を吐いた。眼鏡を外してペンを置く。


「今日は、ウチに泊っていくといい」


「ありがと」


 ボクは野良猫だ。寝床なんてどこかの建物の縁の下とか、側溝の下でも構わない。

 けれども、せっかくのお誘いだ。お言葉に甘えよう。


 美味しい夕飯をご馳走になって、椅子の上でウトウトしているときだった。


 突然、ふうっと身体が浮き上がる。


 なんだろうと見上げてみると、そこにはグリーンの瞳をした若い女性の笑みがあった。この女性の名はサトミ。ポッサの孫娘だ。出版社に勤めているという。


 やや彫の深い整った顔立ちをしていて、ニンゲン基準では美人さんだと思う。

 それよりも、肩にかかる亜麻色のポニーテールが気になる。ボクは、ちょい、ちょいと尻尾のような毛先に右前足で触れてみた。


「ふふふっ、お久しぶり。どこ行ってたの?」


 はっ! 


 ポニーテールに気を取られていたボクは、我に返った。


 ち、ちがう。ピンチだ、大ピンチだよっ!


 ボクは、すぐさまポッサの姿を探す。きょろきょろと辺りを見回してみる。けれどもポッサの姿はみあたらない。


 サトミはボクを抱っこして階段を降りて行く。


 はわわわわ……。


 サトミは階段を降りて廊下を進み、その右手にある引き戸を開けた。


 ぎ、ぎにゃあああ、やっぱりいいぃ!


 脱衣所だ。波ガラスの窓際に洗濯機が置かれている。隣から、さわわと水流の音が聞こえてきた。

 サトミはさらに左手の扉を開けた。もわっとした湯気がボクを襲う。


 そこは、浴室だった。ズボンの裾を上げ、腕まくりをしたポッサの姿があった。


「長旅で疲れたろう? さっぱりしよう」


 ポッサぁ、お前もか!


 逃亡を試みる。しかし、ポッサたちに両脇をしっかりとホールドされ、すでに手遅れだった。


 ボクはペット用のバスに放り込まれ、シャンプーされる。


 ぎにゃあああああぁ。


「あはははっ。きれいに見えるけど、全然泡が立たないじゃない」


 ニンゲン世界の「お風呂」は嫌いじゃない。

 けれども、あのシャワーというヤツがどうにもニガテ。こちらの意思に関係なく、容赦なしにお湯を浴びせかけてくるからだ。ポンコツ設備だ。


 洗浄魔法なら魔力を調節すれば、いいカンジに全身を洗浄できるのに。

 まぁ、ボクは洗浄魔法を使えないケド。水属性を持っていないからね。


 サトミが、わしゃわしゃとボクの身体を洗う。ひととおり洗い終わると、ポッサが上からシャワーする。


 ううう、早く終わってー。


 ボクは耐えた。がんばって耐えた。骸骨騎士のシュパルトワに洗浄魔法をかけられたときと同じくらい耐え忍んだ。


「つぎは、リンスでーす」


 サトミがそう言って、もしゃもしゃとボクの毛をリンスする。


 ふたたびシャワーで洗い流される。


「はい、終わったよ」


 ぐっ、これでもくらえっ!


 ボクはぷるるッと、身体中のお湯を振りはらった。


「きゃあ」


「あははは、いま身体を拭いてあげるよ」


 ポッサに身体を拭いてもらうと、ボクはつやつやふあふあの毛並みを取り戻した。


 ふいーっ、やれやれ、終わったよ。


 ボクはポッサに抱っこされて、二階にある彼の部屋へと戻った。


 彼の部屋に、籐で編んだ大きなバスケットが置かれている。バスケットは、クッションやらタオルやらが敷き詰められていた。


 ボクのために用意してくれたベッドだろう。


 ポッサは、バスケットのなかにボクを降ろすと、優しくタオルをかけてくれた。


「おやすみ」


「おやすみ、ポッサ」


 彼は笑みを浮かべると、部屋の扉の方へと向かった。


 明日は、いよいよ、レヴィナスがラステルをテスラン方面へ亡命させた目的の話か。

 良くも悪くも、いろいろ出会いがあったんだよね。


 ボクは目を閉じて、タオルに身を預けた。

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