第27話 ラステル・クィン亡命事件――ある護衛騎士の視点⑤

 「あとはよろしくね💖」と言い残して、カヲルコがひらひらと手を振って去っていく。そんな彼女の背中を見ながら、私は瞬きをした。


 隣に立つディランは口を半開きにしたまま、遠ざかるカヲルコの背中と私を交互に見ている。


 やがて、彼は私の方を見ながらため息をついて言った。


「ひとまず、クィン伯爵家の別邸へ向かいましょう」


 私はディランとともに、闇に紛れクィン伯爵家の別邸へと向かった。私にとっては来た道を引き返すかたちになる。


 道中、私は気になっていたことを彼に尋ねてみた。


「君はオルトナ方面の捜索担当だと言ったな。持ち場を離れて良かったのか?」


「あれは、貴方達をテスラン方面へ向かわせるための方便ですよ。最初から私の担当は、あの別邸だったのです」


 彼は、周囲に人がいないことを確認しながらそう答えた。


「ここへは、カヲルコ様に連絡するために来たのですけどね。まさか、貴方が暴れているとは思いませんでした。はははは」


 私の行動は、彼らにとっては想定外だったらしい。

 それにしても、なぜ彼は私達をテスラン方面へ向かわせようとしたのだろうか?


 尋ねてみたが、彼の答えは「さてね。私にも解りかねます」だった。


 時折、松明を掲げた兵士達に出くわした。私達は木陰に身を潜めてやり過ごし、あるいはディランが適当な情報を彼らに与えるなどして切り抜けた。


 クィン伯爵家の別邸へ到着すると、ディランは懐から金属板のようなモノを取り出した。それはミスリル製のカードキーだった。別邸のカードキーのようだ。


 ディランはカードキーを差し込むと、魔力を流し込み別邸の扉を開錠した。


「なぜ、君が別邸のカードキーを持っている?」


「ラステル嬢の亡命は、事前に計画されていたでしょう? それをクィンの家の者だけで実行できる筈はありません。まぁ、私も王宮の守護者まで現れるとは思いませんでしたけどね」


 お嬢様の亡命には、外部の者も関与していたというワケか。


 私は別邸の一室に、一晩、身を潜めることになった。



 翌朝、ディランは貴族服姿で別邸へやってきた。今日は、休暇らしい。

 彼は私の前に現れるなり、見慣れないモノを上着の懐から取り出した。


「あなたの顔は、すでに知られていますからね。これを」


 そう言って彼が私に差し出したのは、奇妙な仮面だった。白と黒のオタマジャクシを組み合わせたような意匠になっている。


 この奇妙な仮面を被って、顔を隠せと言うことらしい。しかし、ディランはどうしてこんな仮面を持っていたのだろう? どこで手に入れたのかも謎だ。


「太極という『天地万物の生成』を表す東方の意匠だそうです。ああ、言っておきますが、私の趣味ではありませんよ? 東方の国を旅した方からのお土産だと聞いています。ホントですよ?」


 仮面を手にした私が微妙な表情をしているのを見たディランは、なにやら慌てたようにそう弁解した。


 まぁ、それはどうでもいい。


「私を『処分』しないのか?」


 奇妙な仮面を見詰めながら、ディランに尋ねた。


「ええ。ですが、この国にいる間は、正体を隠して下さい。あとは、お好きなように」


 私は大きく目を見開いた。お嬢様の亡命に手を貸した私を「処分」しないという。


「そんなことをして、君たちは大丈夫なのか?」


「おそらくはね。それと公式には、貴方は死んだことになっています」


「しかし、私の遺体が無いぞ」


「貴方の『遺体』は、昨夜カヲルコ様が作成されましたよ。ラステル嬢と側仕の女性の分もね」


 そう言うと、ディランは銀色の瞳を森の方へ向けた。カヲルコ・ワルラスが、火属性の魔力弾を放って焼き殺したゴブリンのことを言っているようだ。


「バカな。あれはゴブリンだろう?」


「消炭にしてしまえば、誤魔化しはいくらでもできます。検死も僕が担当ですから」


 ディランは、おどけたような表情でそう言った。


「もうひとつ、聞きたい。君とカヲルコは、ラステル様の亡命を助ける『協力者』だったのか?」


 お嬢様の亡命は、事前に計画されていたことだ。マリア様は明かさなかったが、協力者がいることは間違いない。王宮の守護者アモンもその一人なのだろう。


 しかし返ってきたのは、はっきりしない答えだった。


「……僕個人は協力者というワケではないのですが、あるお方に頼まれましてね」


 私は首を傾げる。さらに謎が深まっていく。「あるお方」とは、誰だ?


「それが誰なのかは、知らない方が良いでしょう。少なくとも今は」


 笑みを浮かべながら話すディランを見て、私は背筋にヒヤリとしたものを感じた。

 お嬢様の亡命の裏で、なにかとんでもないことが動き出しているのではないか?


「それはともかく、貴方は死にました。この屋敷から移動するので、その仮面を」


 私は彼に言われるがまま、その奇妙な仮面をつけた。ディランは顎に手を当てて、仮面姿の私をまじまじと見ていた。


「ふふ、意外とよくお似合いですよ。今日から、あなたは『ゼルバイオ』と名乗ってください」


「ゼルバイオ?」


 由来もよく判らない名前だ。良いような悪いような……。私は今、ものすごく変な表情をしてることだろう。どうせなら、もう少し気のきいた名前が良かった。


「良い名前でしょう? カヲルコ様が、昨夜、一晩中考えたお名前だそうです。当然、気に入りましたよね?」


 この微妙な名前を考えたのは、カヲルコだったようだ。

 ディランが剣に手をかけて、笑みを深めているのが気になる。

 たぶん、首を横に振らない方が良いのだろう。


 とりあえず、コクコクと頷いておいた。


 この日、ラステル様の護衛騎士「フランツ・ベリーニ」は死んだ。


 今の私の名は、ゼルバイオ。

 騎士団庁東方師団に所属する陰陽太極仮面の黒騎士。

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