第26話 ラステル・クィン亡命事件――ある護衛騎士の視点④
カヲルコは笑みを浮かべたまま、私の剣を事も無げに受け流す。渾身の剣撃も、彼女にはかすりもしない。
私達は二、三合打ち合い、鍔迫り合いとなった。
私は歯を食いしばる。対するカヲルコは、私に笑みさえ浮かべて見せた。
鍔迫り合いのなか、彼女が私に囁く。
「剣を捨てなさい。そして、『自分は囮だ、お嬢様たちはすでにテスラン方面へ逃げた』と証言するの」
「そんなことできるかあっ!」
私はいったん後方へ退いてカヲルコに斬りかかる。彼女はその斬撃をふわりと躱し、ふたたび鍔迫り合いに持ち込んできた。
いったい、この女は何を考えている?
「ラステル嬢たちを助けるためよ。悪いようにはしないから。私を信じて」
そう言って、カヲルコは私の剣を弾き飛ばした。跳ね上げられた剣が、くるくると回転しながら地面に落ちる。
カヲルコが剣を失った私の腹部に膝を入れて蹴り飛ばした。
私の身体は吹き飛ばされ、ごろごろと転がる。
よろよろと立ち上がろうとしたものの、思うように手足を動かすことができない。私の身体に黒い皮のようなものが巻き付いていた。拘束魔法「バインセル」だ。
カヲルコが私に近づいてくる。彼女は側に立ち「さ、早く証言なさい」と私の喉元に剣先を向ける。
「流石だねェ、カヲルコ」
彼は嗜虐的な笑みを浮かべている。私の顔面に一発ケリを入れると、魔力弾を二、三発撃ち込んできた。
「手こずらせやがってェ、これでも喰らいなァ! ヒャハハハハ」
私の周囲に生えていた雑草が急激に成長し始める。蔓や葉が私の首に巻きついて締め上げた。ヒルマンは、植物に作用するスキルを持っているようだ。
私との戦闘で使用しなかったのは、逆上していたからなのか、それとも別の理由か。
「が、はっ……」
このまま殺すつもりだろう。私の首に巻き付いた蔓草は次第に太くなり、じわじわと私の首を絞めてくる。
「隊長。殺してしまっては、背後関係やラステル・クィンの行方が分からなくなりますよ」
カヲルコがヒルマンの腕を掴んで止めた。
ヒルマンが忌々し気に私を睨む。
チッと舌打ちすると、彼は私の首を絞め上げていた蔓草をスキルで操作して解いた。
「それでェ、クィンの娘はどこへ逃がしちゃったんだよォ?」
ヒルマンが私の胸倉を掴んで怒鳴った。
ここは、カヲルコの誘いにのってみる。
私は陽動するためにヒルマンの部隊に斬り込んだ。ならば、お嬢様たちがテスラン方面へ逃げたと証言するのも悪くない手だ。
陽動に引っかからないようにと警戒するあまり、ヒルマンはお嬢様達がオルトナ方面へ逃げたと判断する可能性が高い。
「ふ、ふははは。オレは囮だ。すでに、お嬢様たちはテスラン方面へ向かわれた」
私はヒルマンに無理やり笑みを浮かべて見せた。私は演技派ではない。きっと、今の私はとてもオカシな表情をしていることだろう。
ヒルマンは突き飛ばすようにして私の胸倉から手を離すと、片方の眉を上げた。
そしてニヤついた顔で顎を撫でながら、私を見ている。
「ほォ、へェ、テスラン方面ねェ」
探るような目で私を見る。私は彼から目を逸した。
「フン。つまらん小細工だよォ。お前サンは陽動で、小娘たちはテスラン方面じゃなくてオルトナ方面へ逃がしちゃったんだよねェ?」
目を逸らしたまま、私は無言を貫く。するとヒルマンは、カヲルコの方へ顔を向けた。
「カヲルコ。オイラはオルトナ方面へ向かう。お前サンはここで、このまま警備を続けな。兵は動かしちゃダメだよォ」
そう言って、ヒルマンはローブを翻した。
「小娘たちは、オルトナ方面だよォ! グズグズするな、行くぜェ!」
そう叫んで指示すると、数人の部下を引き連れてオルトナ方面へと向かった。
私は、じっとヒルマンの動きを見守っていた。うまくいったようだ。このまま捜索隊がオルトナ方面へ移動すれば、お嬢様とターニャが逃げる時間を大きく稼ぐことができる。
それにしてもカヲルコは、こうなることを見越していたのだろうか?
彼女の真意がつかめない。
カヲルコの方を見ると、彼女は小さくなっていくヒルマンの背中を見ながら口角を上げた。
「やれやれ、久しぶりの大捕物で、張り切っちゃってますね」
カヲルコの背後から、黒いローブの下に白銀の鎧を身に着けた騎士が現れた。わざわざ気配を消して近づいて来たらしい。私はその男の顔に見覚えがあった。
カヲルコは笑みを浮かべて目を閉じた。
「で、あなたは、どうするんです?」
ディランが隣に立つカヲルコに尋ねる。
「このままよ。だって、兵を動かすなといわれたもの。うふっ」
彼女は、口元に手を当てて笑った。
それを見たディランも「フッ、フフッ、あははは」と笑い出す。
ディランは拘束されている私を見下ろして、またカヲルコに尋ねた。
「この護衛騎士は、どうするんです?」
「死んでもらうしかないわね」
思わず目を見開き、そしてすぐに視線を伏せた。やはり逃がすどころか、生かしておいてもくれないようだ。
カヲルコの掌に火属性の魔力が収束している。そして、彼女は焔を纏った魔力弾を森へ向けて放った。
少し離れた森の片隅で、こちらの様子をうかがっていたゴブリンが火球に包まれる。
「あなたは、アレになるの。わかる?」
「私を、ここで消し炭にするというワケか。……できれば、騎士らしい最期を遂げたかった」
静かに目を閉じた。
もはや、私にできるのは祈ることだけだ。お嬢様たちが、無事、テスラン方面へ亡命を果たすことができるように、と。
「じゃあ、ディラン君。あとは、お願いね💖」
「えーっ!? 僕に丸投げですか?」
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